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書籍版「建設ITガイド」に掲載した特集記事のバックナンバーです。

設備データマネジメントによりもたらされる環境配慮、空間価値

2026.07.27

はじめに

設備環境小委員会というのは、building SMART Internationalの日本組織であるbuildingSMART Japan建築委員会に属している組織です。
ご存じの方も多いと思いますが、IFCを代表とする建設業界の標準データは、建設だけでなく、さまざまな産業分野(インダストリー)で展開される物事に対して相互互換性(インターオペラビリティー)を確保するための「共通のデータ」として整備されています(図-1)。

図-1
図-1

 

IFCが担う情報の運搬役

少し回りくどい言い方になりますが、「仕事」というものを、物理のニュートンの法則になぞらえて考えてみます。
 
AからBに物を運ぶとき、重力に逆らって物を運ぶために必要なエネルギーが「仕事」です。
物をただ運ぶだけでも大変で、地面との間には摩擦が生じ、その摩擦に打ち勝って初めて仕事が成立します。
これは物理的な「仕事」の定義ですが、ここには仕事を成立させる上で大事なファクターがひとつあります。
うまくいかないと力学では摩擦を滑らかにする、情報ではコミュニケーションです。
 
建設業を取り巻く環境で申し上げますと、建築は「建物を建てる」こと、設備は「その空間にサービスを提供する」ことを通じて、自然の中には存在しない人工的な環境を作り上げる営みです。
では、その中でコミュニケーションはどのように成り立っているのでしょうか。
 
当然のことながら、コミュニケーションは好き勝手に自然発生するものではありません。
「誰が・何のために・いつまでに・どれくらいのコストで・この場所で何を実現したいのか」といった目的や要件があり、その要件を満たすための設計プロセスの中に、われわれ設備や建築の仕事があります。
 
ここでいう「要件」とは、建物の性能や目的を定義したものだと考えてください。
その要件を満たすプロセスの中で、A点からB点に物を運ぶのと同じように「AからBに情報を伝える」こと、つまりコミュニケーションが欠かせません。
ここでのAからBとは「人から人へ」という意味でもあります(図-2)。

図-2
図-2

 
設計事務所の方が「このような建物をつくりたい」と図面を描き「これでよろしいですか」とお客さまに確認する。
お客さまは「外壁はもう少しこういう色にしたい」「この部屋はこんな用途に使いたい」といった要望を返す。
これもコミュニケーションです。
 
さらに言えば「この部屋は何のための空間なのか」「空調設計の観点から、この部屋を何度に保たなければいけないか」といったことも設計要件です。
その要件を満たすために、AからBに情報のやり取り、すなわちコミュニケーションが行われます。
 
例えば「この空間に風を送り、熱を除去しなければならない」という、いわゆる空気調和(空調)の要件があります。
 
そのためには、
・室温は何度にするのか
・湿度はどの範囲で制御するのか
・清浄度はどのレベルを確保するのか
 
といった空調空間の性能を定義する必要があります。
 
この空間性能を満たすために、私たちはさまざまな道具や手法を用いて仕事を進めていきます。
 
本稿では、BIMとは「デジタルの仕事の中で、AからBに情報を伝えるためのもの」だと捉えていただければ良いと思います。
 
ところが、2次元CADから3次元CAD、そしてAIの時代へと発展していく中で、一つ問題になりつつあることがあります。
 
それは「デジタルで表現しなければいけない」「デジタルで扱わなければいけない」対象が増え、その多くが人間ではなくコンピューターが読むことを前提にしている、という点です。
 
人間の役割は、デジタルからもたらされる結果を判断し、方向づけをすることですが、一方でデータを「届ける」役割は、Aというツールが作ったデータをBというツールが受け取る、という構図になります。
 
そのときに必要なものが、
・言葉(用語)の統一
・意味の整合(国際的な意味との対応)
・単位の統一
・クラスフィケーションに代表されるデータ構造の整理
 
といった部分です(図-3)。

図-3
図-3

 
buildingSMARTは、まさにこの部分をIFCを中心に整備している組織です。
IFCがあるからといって、デジタルの仕事が全て自動化できる、と言うつもりはありません。
しかし、IFC(Industry Foundation Classes)は建設業だけでなく、製造業、医療、教育などにも通じる
「共通の情報モデル」であり、コミュニケーションを支える一つの「情報を運ぶ器」だと考えていただければと思います。
 
 

設計が求められる新たな価値「脱炭素への貢献」

設計のプロセスにおいて、最近特に重要になってきていることがあります。
これまで私たちは、CADや3D CADを活用しながら懸命に仕事をしてきましたが、時代が進み、社会に求められる「価値」そのものも変化してきました。
 
その中で、建設業の仕事に「新しく一つ、必ずやらなければならないこと」が加わったと考えてください。
それが「脱炭素社会への貢献」です。
 
地球温暖化の影響による異常気象は、皆さんも現実として目の当たりにしていると思います。
建設業が排出するCO2は、産業全体の中でも非常に大きな割合を占めており、設計や施工、運用といったあらゆるプロセスにおいて「CO2を少なくする努力)が求められています(図-4)。

図-4
図-4

 
努力が求められるということは、その努力を「見える化」しなければならない、ということでもあります。
つまり、環境評価のためのアセスメント、まずは現状を定量的に把握することがファーストステップになります。
 
現状の見える化を行った上で、「よりよいものにする」「経済合理性も踏まえながら、より低炭素な社会に貢献できる建物とする」という次のステップが必要になります。
 
その結果、設備設計のプロセスの中で、従来の技術計算だけではなく、「この建物がどれくらいCO2を排出するのか」というLCA(ライフサイクルアセスメント)の評価が義務付けられる流れになってきています。
例えば、改正省エネ法などさまざまな法令・規制が強化される中で、「延べ床面積5,000m²以上の建物では、CO2排出量を必ず計算しなければならない」といったルールが定められつつあります。
 
ヨーロッパでは「Fit for 55」という取り組みがあり、EUに代表されるように国境をまたぐビジネスが多いことから、なるべく共通した仕事の進め方、特にデータ流通において標準的な仕組みを使おうとしています。
 
その中で、低炭素社会を実現するためのデジタルデータ流通の仕組みとして「デジタルプロダクトパスポート(DPP)」があります。
これは本書2025版でも書かせていただきましたが、工業製品ごとのCO₂排出原単位を各製造メーカーが責任を持って算出し、標準化されたデジタルの書式で公的な単位・フォーマットとして公開するものです。
設計やLCA計算で使えるようにすることで、データドリブンな社会を実現しようという考え方です。
 
このとき、もしデータの信頼性が低かったり、内容があいまいだったりすると、CO2の評価結果も信憑性のないものになってしまいます。
だからこそ、EUではDPPを「規制」として義務化し、DPPに準拠しない製品は市場に出せない、といった強いレベルで運用しようとしています。
 
 

データを正しく運ぶためのIFC

こうしたレギュレーションの中で、buildingSMARTが抱えているIFCという仕組みは、製造者が作ったデータを評価機関に渡すための「データを運ぶフォーマットの一つ」という役割を担っています。
IFCだけで全てをやるわけではありませんが、IFCという共通フォーマットである程度データが標準化されることで、データを扱う人たちの利便性が高まり、結果として「データを楽に扱える」ようになる、というイメージです。
このような背景を踏まえながら、私たちはbuildingSMART JapanとしてIFCの普及・標準化の活動を行っています。
 
現状、多くの方は3D CADで作成されたモデルを、人間が画面上で見て、「ああ、これは配管だな」「これはコイルだな」「これは銅だ、これは鉄だ」と判断し、熱貫流率などの性能値は別の書式や資料から拾い、図面の注釈や機器表に書き込む、というやり方をしていると思います(図-5)。

図-5
図-5

 
しかし「本当の意味でのデジタル社会」では、3Dの形状(ジオメトリ)と、そこに紐づく属性情報(パラメータ)が、きちんとデータとして機械可読な形でやり取りされることが重要です。
つまり、人間が画面を眺めて判断するだけでなく、コンピューター同士で正しく受け渡し・評価ができる状態にする必要があります。
そのために「標準化」という活動をしている、と考えていただければと思います。
 
最近では、3Dの形状情報とパラメータ情報をうまく分けて考え、両輪として活用するデータモデルの考え方が広がっています。
しかし現場では「とにかく3D CADの中に全ての情報を詰め込まなければいけない」というような風潮も見られます。
 
本来のデジタル社会の姿は、
・3D CADは「どこの空間に何があり、どんな性能を持つか」という最小限の情報を持ったスタート地点
・そこから標準的なフォーマットでデータをエクスポート
・エクスポート先の「データレイク」に、外部データや計算書式、法令情報などが整理されている
・データレイク上で「断熱計算」「静圧計算」
「法令チェック」などのコマンドを実行するというイメージだと思っています。
 
インターフェースとしてはBIMツールを使っているように見えても、実際のオペレーションはクラウドやプライベートサーバー上のデータレイクで行われていく、そんな世の中になっていくのではないでしょうか。
その中でbuildingSMARTの役割は、AからBにデータを「なるべくブレが少ない形」で渡せるようにすることです。
同じ「鉄」を表すにも、FEと書くのか別の記号で書くのか、日本語で書くのか英語で書くのか、業界ごとに違う言い方をしていたのでは、コンピューターは正しく受け取れません。
寸法や面積にしても同じです。
あるCADが小数第3位まで計算して出力しているのに、受け取る側のCADが小数第2位までしか読み込めない仕様だったとすると、それだけで「このデータは私の受け取れる書式ではありません」とエラーになってしまいます。
 
こうした「受け渡し条件」をきちんと定義し、共通化するのが、モデルビュー定義(Model View Definition:MVD)です。
ぜひこの言葉だけでも覚えていただけたらと思います。
 
デジタル社会において大切なのは、「出力されたものを相手がどのように解釈するか」をあらかじめ定義し、その解釈のズレ(齟齬)を極力減らすことです。
そのための取り組みがbuildingSMARTの活動であり、その土台の上にCO2計算やLCAなどの評価も成り立っていきます。
 
せっかくBIMから出したデータを使ってCO2計算をしても、データの書式や定義がバラバラだと「BIMデータドリブンな計算」とは言えず、結果がNGになってしまう可能性があります。
そうならないように、皆さんと一緒に「ちゃんと評価に使えるデジタル環境と標準」を整えていきたい、というのが私の考えです。
 
人間が図面を見れば「なんとなく分かる」部分も、コンピューターにとってはそうはいきません。
「分からないのは相手の経験が足りないからだ」と済ませていた世界から、コンピューター同士が共通言語で正しくやり取りできる世界へ移行することが、これからのデジタル社会では重要です(図-6)。

図-6
図-6

 
その結果として、BIMデータさえきちんと作っておけば、自動的にライフサイクルアセスメント(LCA)ができる仕組みも構築できるはずです。
そのトライアルを行った事例が、まさにbuildingSMART Japanの活動の一部になっています。
共通言語や標準化がなぜ必要なのか、その意味を皆さんと共有しながら進めていきたいと思っています。
 
 

音響空間に見る、性能起点の設計

ここで、一つ事例として「空間性能」の話をさせてください。
 
私は音楽が大好きで、学生時代から世界中のコンサートホールを巡ってきました。
コンサートホールの音響がどのようにシミュレーションされているかというと、昔は1/50から1/10程度の模型を使って物理的な試験をしていましたが、最近ではデジタル空間の中でシミュレーションすることがあるようです(図-7)。

図-7
図-7

 
3次元モデルを作り、その中で
・音の入射
・反射
・吸音
といったパラメータを使って音響性能を検討します。
 
「この部屋はどのような空間構成であるべきか」という要件を整理し、その要件に合わせて建設材料や支持方法を決めていきます。
これらは全て「要件」です。
防音性能、音の伝達性能など、デジタルで定義された性能値に基づき、材料や工法を選択していくわけです。
 
つまり、空間性能がきちんと定義されていれば、それに紐づく材料や工法の選択肢を、デジタルデータとして設計者に提供することができます。
それが、本当の意味で「デジタルデータを活用した設計プロセス」だと考えています。
具体的には、「この壁はこうあるべきだ」という空間性能があれば、
・吸音率
・熱伝導率
・振動伝達率
・反射率
などの物性値に加えて、「過去のコンサートホールでどのような施工方法を採用したか」といったデータベースが紐づきます。
それを設計者がデジタル上で参照し、「この要件なら、この材料とこの支持方法で空間を構成しよう」と判断できるようになる、というイメージです。
 
先日、ベルリンで開催されたbuilding SMARTBERLINのサミットの際に、ピエール・ブーレーズ・ザールを訪れました。
事前にTV番組に加えて、音響設計を担当した豊田泰久氏から、このホールをどのように作ったかというお話を伺いましたが、やはり豊田氏のようなスーパープロフェッショナルと、フランク・ゲーリーというすごい空間を生み出す建築家の経験や人間力が結集して、バレンボイムの理想を実現する空間が生まれています(図-8)。

図-8
図-8

 
私たちは、そうした「人間力の結晶」である過去の実績を、施工実績データとしてきちんと蓄積し、次のプロジェクトで再利用していくべきだと思います。
過去の偉人たちが作った「うまくいった事例」「うまくいかなかった事例」を冷静に分析し、「なぜうまくいったのか」「宣伝だけではないか」を見極めた上で、どのデータを使うか判断する力が求められます。
 
音響空間の例をもう少し具体的に言うと、「静けさ」が求められます。
 
空調の観点では、どのようなダクトで風を送り、どのような気流をつくるか、大空間でどのような風量・風速分布にするか、といったことを考えます。
天井吹き出し、床吹き出し、層流をつくる方式、床吸い込み方式など、さまざまな方法があります。
吸い込み口にはベクトルがないので、居住域の空気のバランスをどう保つか、風速や到達距離などの条件を設定しながら設計していきます。
その結果として、ディフューザーの配置計画が決まっていきます。
 
ここでも、
・室温を何度にしたいのか
・風速をどの程度に抑えたいのか
といった要件に対して、「必要な風量は何m³/hか」「それをいくつの吹き出し口で分配すれば、どれくらいの風速になるか」といった計算が全てデータで行えます。
 
制気口のメーカーが出しているノズルの性能データには、到達距離などが記載されています。
そうしたデータをうまく組み合わせることで「大空間における乱流・層流をどう制御するか」「静けさを維持しつつ、人と楽器にとって快適な空間をどう提供するか」といった検討が可能になります。
 
楽器は温度の影響を強く受けますから、楽器にとって最適な温度と、人にとって快適な環境を両立させる空間を提供することこそが、エンジニアとして果たすべき本来の役割だと考えています。
決して「ダクトや配管を設置すること」そのものがゴールではありません。
その設計判断プロセスの中に、IFCやBIMといったデジタルデータベースをきちんと組み込んでいくことが重要です。
 
 

おわりに

今後デジタル施策は大きくAIに依存していくと思います。
私も人の助けになるAIを積極的に使っていきたいと考えています。
WEB環境にワークスペースが移行していくことも拡大していくと思います。
 
どれだけデジタルデータが発展しても、最終的には「人間力」が求められます。
建設業界においても、他の産業においても「どのデータを信頼し、どう組み合わせ、どう判断するか」という最終判断は人間が担います。
 
私たちは、デジタルや標準化の力を活用しながら、
・空間性能をしっかり担保すること
・CO 削減や環境配慮に貢献すること
・過去の知見を生かしつつ、新しい価値を生み出すこと
これらを実現していく必要があります(図-9)。

図-9
図-9

そのうえで、「せっかく皆さんが作ったデータが、相手に正しく受け取られる社会」「BIMデータさえあればLCAが自動的に回る仕組み」を皆さんと一緒に形にしていきたいと思っています。
 
BSJは2026年が設立30周年のアニバーサリーイヤーです。
日本のモノづくりの力とデジタル技術を融合させて、よりよい空間を提供するための活動を皆さまと歩調を合わせて作ってきたいと思います。
 
 
 

一般社団法人building SMART Japan建築委員会 設備環境小委員会
谷内 秀敬

 
 
【出典】


建設ITガイド2026
建設ITガイド2026

最終更新日:2026-07-27

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