はじめに
当社は山陰地方の建設業界で売上規模1位のゼネコンです。
創業66年、ダイヤモンド社調べの「勢いのある建設会社」ランキングでは44位のご評価をいただいております。
地方ゼネコンの中では、当社はBIM導入に早い時期から取り組んでいます。
Autodesk Revitの日本での販売開始がその契機でした。
2018年にはBIM戦略部を発足させ、設計・施工におけるBIMのさらなる活用を模索しています。
ISO 19650認証も取得済みです。
デジタル技術活用の狙いと目的
当社では「分かりやすい情報を顧客へ提供すること」は建設会社の使命であると考えており、その目的達成を目指して建設DXに積極的に取り組んでいます。
建設業のプロ同士であれば平面図のみで通じる会話も、非専門家である顧客側の担当者への説明ではそうはいきません。
情報を視覚的に分かりやすくする(可視化する)ことで意思疎通やコミュニケーションの質が劇的に向上します。
当社ではBIM戦略部が中心となって、BIMデータの活用を推進しています。
改修工事でのBIM活用における課題
BIMは新築だけでなく、改修工事においても効力を発揮します。
しかし、竣工以後に発生した改修がBIMデータに反映されていなかったり、図面/データが現況と異なっていたりすることも少なくありません。
つまり、改修工事案件では竣工当時の図面やBIMデータをそのまま使えないケースが多いのです。
当社では改修工事案件の際は現場を測量し、新たにBIMモデルを作成する工程を入れています。
とはいえ測量・採寸の作業には移動費や人件費といったコストに加え、手作業での測量による誤差や作業漏れといった問題も生じます。
一方で高精度なレーザースキャナーは非常に高価かつ、運用者のスキル習熟も必要です。
測量専門会社へ依頼するにしても地方都市では出張費・滞在費といったコストが発生しますし、各種の調整による業務負荷の増大も避けられません。
上記の論点を整理すると、当社が求めているのは①安価な導入・運用コスト、②自分たちで扱えるシンプルな操作性、③点群データを取得できる性能といった要件を満たすソリューションであったといえます。
さまざまな製品・サービスを比較検討した結果、当社の課題解決が可能なソリューションとしてMatterport(マーターポート)を採用しました。
現在では、当社案件の8割以上の現場でMatterportを利用しています(図-1)。

図-1 当社が採用しているMatterport Pro3カメラ
1日がかりの測量も2時間で完了
具体的な効果を列挙すると、下記のような点が当社での実際のケースです。
費用対効果の面では特に優れていると言えます。
- 実機の操作に高度な専門スキルは不要です。
30分~1時間ほどの練習で、デジタル機器に詳しくないスタッフでも扱えました。
直感的に操作できるなど、 UI/UXの点でも洗練されています。
- Matterportの使い方を覚えたスタッフは、OJTで他のスタッフに使い方を説明できます。
本社側のIT部門が機器操作のレクチャーを行う必要がなく、手間は最小限で済みます。
- Matterportのコストは、高機能なレーザースキャナーの5分の1程度でした。
- 従来の方法で測量した場合は丸1日を要する現場(約160平米の旅館の改築工事)も、Matterportを使ったところ約2時間で完了。
原則として撮り漏れが発生しないため、追加撮影・測量のための再訪問が起こりません。
- 従来の測量では、意匠担当や電気工事担当、設備工事担当など、専門別の担当者がチームとなって訪問する必要がありました。
しかしMatterportは写真と点群データで3Dのデジタルツインを作成するため、現場を訪問するのは撮影担当者1名のみで済みます。
- 建物内部を写真データとしても残すため、施工前と施工後の両方を視覚化できます。
施工による変化を説明しやすく、顧客からも「分かりやすい」と高評価です。
例えば上記の旅館改装工事の案件では、Matterportでの撮影(3Dスキャン)に2時間、モデリング作業に約3日を掛けました。
配管も点群データを使用してモデリングしています。
- Matterportは、データを直接インポート可能なAutodesk Revitプラグインを提供しており、データ連携もスムーズです(図-2、3、4)。

図-2 米子市内でのリフォーム現場をデジタルツイン化

図-3 Matterportの点群データと画像を元にデータ化

図-4 測量・寸法測定も高精度
BIMで業務効率化を実現
BIMの導入や活用へのハードルとして、BIM作成には時間や手間がかかるといった声も少なくありません。
しかし当社では、かけたコスト・時間・手間以上の大きなリターンを得ていると実感しています。
BIMを使うことで平面図だけではイメージしにくい箇所も確認が容易になります。
既存の建物がある案件(改修工事など)では、スキャンした3D画像(デジタルツイン)によって施工方法の検討も行いやすくなります。
単なるモデリングだけでなく、デジタルツインと掛け合わせることで、メリットを何倍にも拡大できるといえます。
デジタルツインは若手育成に有効
当社に限らず、若手人材の不足や技能継承の問題は業界全体の構造的課題です。
平面図を見るだけで、頭の中で立体化してイメージできるようになるには何十年という経験が必要でしょう。
しかし当社では、 BIMで作成した3DとMatterportで作成したデジタルツインを組み合わせて可視化したことで、若手社員の理解や技能習熟も早くなりました。
デジタル化で人々の思い出・地域の記憶を残す
当社では、BIMに関連するデータや機器の管理をBIM戦略部にて一元化しています。
現況写真はMatterportで作成したデジタルツインがあれば完了でき、正しい情報・データの現場提供もリンクURLを送るだけで可能となっています。
天井や床下なども隠蔽前にスキャンしておけば、後日の保守工事を検討する際に利用できます。
また、解体する建物もスキャンしておくことで、デジタルツインの中で恒久的な保存が可能になります。
ある小学校校舎の解体工事を受注した際も、足場配置や動線確認のために作成したデジタルツインを保存して自治体や卒業生に提供しました。
「校舎は取り壊されたが、自分たちの思い出が保存されていて、いつでも見られるのでうれしい」とお喜びいただけました(図-5、6)。

図-5 取り壊し前にデジタルツイン化された校舎の内部

図-6 地域の人々の思い出を恒久的に保存

↑デジタルツイン化した「啓成小学校 管理教室棟」へのアクセス
おわりに
当社では「BIM+M(マネジメント)」を提唱しています。
これは、設計・施工を含めた建築プロセスの包括的なマネジメントをBIMと融合させて利用しようという考え方です。
特に、現場が求める正しい情報を、着工前に提供できることが重要です。
当社では「BIM×デジタルツイン」こそが、建設DXにおける具体的なアプローチ方法の1つであると考えています。
美保テクノス株式会社 建築本部BIM戦略部 主任
寺本 弘志
【出典】
建設ITガイド2025