はじめに
災害対策やインフラの老朽化対策の必要性は高まる一方、インフラ分野において、今後深刻な人手不足が進むことが懸念されることから、国土交通省では平成28年よりICT技術の活用等による建設現場の生産性向上を目指すi-Constructionを推進してきたところです。
コロナ禍による非接触・リモート型の働き方を契機に、近年のデータやデジタル技術の普及・拡大も相まり、建設現場の生産性向上に加え、国民の安全・安心で豊かな生活の実現という目標を掲げ、「インフラ分野のデジタル・トランスフォーメーション(DX)」を開始しました。
令和4年3月には、インフラ分野のDXを推進するための取り組みや実現のための具体的な工程( 2025年度まで)などを取りまとめた「インフラ分野のDXアクションプラン(第1版)」を策定しました。
令和5年8月には、インフラ分野のDXの一層の推進に向け、「インフラ分野のDXアクションプラン(第2版)」を策定し、「インフラの作り方の変革」、「インフラの使い方の変革」、「データの活かし方の変革」という三つの観点で分野網羅的、組織横断的に取り組みを進めることとしています。
本稿では、DXの意味や取り組みの背景などを説明した後、インフラ分野のDXアクションプラン(第2版)の内容を中心に、インフラ分野のDXの取り組みについて説明します。
わが国が抱える背景と将来像
ご承知のとおり、わが国では、少子高齢化が急速に進展しています。
令和5年4月に国立社会保障・人口問題研究所が公表した「日本の将来推計人口(令和5年推計)」によると、総人口は50年後に現在の7割に減少し、65 歳以上の人口はおよそ4割を占めるようになると推計されています1)。
このような少子高齢化の進展、生産年 齢人口の減少により、先述したインフラ分野に限らず、他産業などでも労働力不足が懸念され、社会水準を維持・向上させていくためには、より多くの付加価値を生み出していくことが必要です。
近年、ICT技術はより進化しています。
スマートフォンやIoT(Internet of Things:モノのインターネット)デバイスなどの機器の普及により、それらの機器を通じた大量のデータ(ビッグデータ)の集積が進むようになりました。
これらのデータを分析するAIなどの活用もさまざまな分野で進んでいます。
このようなデジタル化が進んだ社会像として、Society5.0が提唱されています。
Society5.0は、内閣府の第5期科学技術基本計画2)において、わが国が目指すべき未来社会の姿として、平成28年に公表されたものです。
社会全般にDXという言葉が浸透しつつある現在から見ても、大変勉強になります。
ご興味がございましたら、ぜひご一読ください。
インフラ分野のDXとは何か
経済産業省が公表している「DX推進指標」とそのガイダンスでは、DXについて次のとおり定義しています。
【「DX推進指標」における「DX」の定義】3)
企業がビジネス環境の激しい変化 に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること
また、国土交通省では、インフラ分野のDXを次のように位置付けています。
【インフラ分野のDX】4)
社会経済状況の激しい変化に対応し、インフラ分野においてもデータとデジタル技術を活用して、国民のニーズを基に社会資本や公共サービスを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、建設業や国土交通省の文化・風土や働き方を変革し、インフラへの国民理解を促進するとともに、安全・安心で豊かな生活を実現すること
公共性などのインフラ分野の特徴を生かし、安全・安心の向上といった価値創出を目指している点を位置付けているのがポイントです。
インフラ分野のDXアクションプラン(第2版)について
⑴国土交通省のインフラ分野のDXの取り組み体制
国土交通省では、令和2年度より国土交通省インフラ分野のDX推進本部5)を開催しています。
令和5年4月には、国土交通省に大臣官房参事官(イノベーション)グループが誕生しました。
この組織は、国土交通省総合政策局で機械関係の施策を担当する施工企画室と、大臣官房技術調査課で電気通信関係の施策を担当する電気通信室、そしてi-Constructionなどの施策を担当する土木分野の担当職員ら、総勢約40名の職員で構成され、国土交通省のインフラ分野のDXの旗振り役として、インフラ分野の DX推進本部の事務局を担っています。
8月には、インフラ分野のDX推進本部において議論を行い、インフラ分野のDXアクションプラン(第2版)を策定しました。
具体的にはインフラ分野のDXの実現に向けて、国土交通省の各分野における施策を洗い出し、個別施策(アクションプラン、施策数合計:86)として、「インフラ分野のDX推進のための取組」、その実現のための「具体的な工程」や取り組みにより
「利用者目線で実現できる事項」を取りまとめています(図-1)。
また、国土交通省としてのインフラ分野のDXの取り組み方針を具体化するとともに、それにより実現する社会の姿を明確化しています。
図-1 アクションプランに位置付けた個別施策の一つの
除雪現場の生産性・安全性向上「i-Snow」
⑵インフラ分野のDXの目指す将来像
インフラ分野のDXアクションプラン(第2版)において、インフラ分野のDXにより目指す将来像を明確化しました。
具体的には、国土交通省における技術政策の基本方針等を示した第5期国土交通省技術基本計画6)を参考としています。
この計画の中で、今後5年間の技術政策の前提として、20~30年先(おおむね2040~2050年頃)の将来を想定し、長期的な視点で実現を目指す将来の社会イメージを作成しています(図-2)。
国土交通省が推進するインフラ分野のDXにおいても、第5期国土交通省技術基本計画に掲げた、「国土、防災・減災」、「交通インフラ、人流・物流」、「くらし、まちづくり」、「海洋」、「建設現場」、「サイバー空間」の六つの将来社会のイメージ実現を目指すべき将来像として位置付けました。
なお、この将来の社会イメージは、先に挙げた国土交通省の分野におけるSociety5.0といえるものとなっています。
図-2 将来の社会イメージ
[建設現場]第5期国土交通省技術基本計画(令和4年4月)
⑶目指す将来像に向けたインフラ分野のDXの方向性
インフラ分野のDXの方向性として、インフラに関わるあらゆる分野で網羅的に変革する、「分野網羅的な取組」という視点を掲げています。
国民目線・利用者目線に立って、進んでいる他分野の取り組みを参考にして、DXのさらなる取り組み強化が求められている分野があるのではないかという視点で、検討しています。
この検討を進めるための参考として、取り組みを「インフラの作り方」、「インフラの使い方」、「データの活かし方」という三つの分野に分類し、DX(変革)を進めることとしています(図-3)。
図-3 インフラ分野の DX における3分野
- 「インフラの作り方の変革」は、インフラの建設生産プロセスを変革する取り組みが対象となります。
データとデジタル技術を活用し、建設生産、管理プロセスをより良いものにしていく取り組みです。
i-Constructionの取り組みもこの中に含まれています。
- 「インフラの使い方の変革」では、インフラの「運用」と「保全」の観点が対象となります。
「運用」では、インフラ利用申請のオンライン化や書類の簡素化に加え、デジタル技術を駆使して利用者目線でインフラの潜在的な機能を最大限に引き出すことなどが挙げられます。
「保全」では、最先端の技術などを駆使した、効率的・効果的な維持管理などが挙げられます。
これらの取り組みを通じて、賢く(Smart)かつ安全(Safe)で、持続可能(Sustainable)なインフラ管理の実現(3S)を目指します。
- 「データの活かし方の変革」は、上記二つはフィジカル空間を対象としている一方で、サイバー空間を対象とした変革です。
インフラまわりのデータを活かすことにより、仕事の進め方、民間投資、技術開発が促進される社会を実現することを目指します。
具体的には、IoTデバイスなどの機器の普及により、フィジカル空間で取得したデータを大量にサイバー空間に移すことが可能となりました。
これらのデータをサイバー空間において予測や検証を行い、フィジカル空間にフィードバックすることで新たな価値を創出するという考え方です。
取り組みの一つとして、国土交通省では、国土交通データプラットフォームをハブに国土に関するデータの収集・蓄積・連携を進めており、国土交通データプラットフォームのユースケースの創出を進めています。
⑷インフラ分野のDXを進めるためのアプローチ
国土交通省では、インフラ分野のDXを進めるに当たり、民間企業などで一般に用いられているアプローチも活用しながら、職員に対する業務・意識の変革を進めていきます。
- チェンジ・マネジメント
職員の意識、動機付け、行動様式、組織文化といった人的・心理的側面への組織的対応により「変化に対する心理的抵抗」を緩和することを中心に、変革による混乱を早期に収束させることで、業務変革の効果を一層高めます。
- リーン・マネジメント
工程単位ではなく全体最適を目指し、徹底的に無駄を省くことにより、生産性を極限まで高めます。
- アジャイル・マネジメント
意思決定の権限を分散した自律型組織において、明確な目標に基づき小規模・短期間の変革と改善および方向転換を素早く何度も繰り返すことにより、結果的に大きな変革の達成を目指します。
- ナレッジ・マネジメント
個人の持つ暗黙知を組織での共有が可能な形式知(データ、システム)に置き換えることで、生産性の向上を目指します。
インフラ分野のDXアクションプラン(第2版)は、各部局で利用されているデジタル技術を網羅的に把握し、デジタル技術の導入が進んでいる分野や今後よりデジタル技術を活用・浸透させていく分野の特定を目的として、各施策に対するデジタル技術の活用状況を分析しています。
具体的には、個別施策(施策数合計:86)について、「インフラの作り方の変革」、「インフラの使い方の変革」、「データの活かし方の変革」という分野網羅的の三つの観点で分類を行った上で、各施策にどのデジタル技術が利用されているのかを「インフラDXマップ」として整理しています(図-4)。
図-4 インフラDXマップ
このインフラDXマップを確認することで、例えば、ドローンやセンシング、人工衛星などを活用し、高精度・高頻度な「データを取得する技術」が、「インフラの作り方」や「インフラの使い方」(特に交通施設の運用や自動運転、災害把握・復旧)に関連した多くの施策で活用されていることを認識できます。
デジタル技術とインフラ分野を網羅的に整理していることにより、どのようなデジタル技術がインフラ分野と親和性が高いのか、また、デジタル技術を取り扱う民間の方々に、インフラ分野のどの分野にビジネス機会があるのか、といった視点で見ていただくこともできると考えています。
なお、今回ご紹介できませんでしたが、インフラDXマップの基となっている各分野の個別施策(施策数合計:86)とデジタル技術の関係については国土交通省ホームページに掲載していますので、ご覧いただければ幸いです。
【参考】国土交通省ホームページ https://www.mlit.go.jp/tec/tec_tk_000073.html
おわりに
以上のように、わが国が抱える背景や将来像、インフラ分野のDXアクションプラン(第2版)の内容を中心に説明してきました。
DXというと、「D:Digital(デジタル)」の観点に注力しがちですが、「X:Transformation(変革)」の観点も重要だと考えています。
変革とは顧客視点での新しい価値創出であって、インフラ分野では安全や安心、サービス水準の向上が挙げられます。
読者の皆さまにおかれましては、日々、多くの課題に直面され大変なご苦労をされているかと思いますが、ぜひともインフラ分野の新しい価値創出を目指していただければ幸いです。
国土交通省大臣官房参事官(イノベーション)グループもインフラ分野のDXの旗振り役として、皆さまの取り組みの参考になるよう、引き続き取り組んでまいります。
【出典】
1)日本の将来推計人口(令和5年推計)(令和5年4月、国立社会保障・人口問題研究所)
https://www.ipss.go.jp/pp-zenkoku/j/zenkoku2023/pp_zenkoku2023.asp
2)科学技術基本計画(平成28年1月22日閣議決定)
https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/5honbun.pdf
Society5.0(内閣府)
https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/
3)「DX推進指標」とそのガイダンス(令和元年7月、経済産業省)
https://www.ipa.go.jp/digital/dx-suishin/ug65p90000001j8i-att/dx-suishin-guidance.pdf
4)第1回国土交通省インフラ分野のDX推進本部会議資料
https://www.mlit.go.jp/tec/tec_tk_000074.html
5)国土交通省インフラ分野のDX推進本部
https://www.mlit.go.jp/tec/tec_tk_000073.html
6)第5期国土交通省技術基本計画
https://www.mlit.go.jp/report/press/kanbo08_hh_000891.html
国土交通省 大臣官房 参事官(イノベーション)グループ 課長補佐
大谷 彬
【出典】
建設ITガイド 2024
特集1 建設DX、BIM/CIM