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BIM教育機構のビジョン

2023年9月14日

デジタルが変える社会:それを担う人材育成

スマートな社会を支えるデジタル化の動きが活発になってきている。
単純に生産性を高める目的以上に、誰にでもアクセスしやすく、多様な才能が活躍でき、新しい価値やビジネスを生み出す社会を目指すならば、それを支えるデジタルの基盤づくりはさらに加速しなければならない。
しかし、ハードの整備自体は真の目的ではなく、デジタルを有効に活用できる人材づくりこそが重要ではないか。
すでに進行中ではあるが、こうした観点から、義務教育段階でデジタル・リテラシーを確立させ、さまざまな分野の専門教育でデジタル活用を深度化させ、それらを指導できる教員の層を厚くするといった政策が積極化するだろう。
 
一方で、絶え間なく進化するデジタルについて、社会の構成者全てがキャッチアップするための継続学習がさらに重要である。
とりわけ、専門業務に携わる実務者が、向き合っている任務における課題、社会に生じている課題を乗り越え続けるためには、デジタル能力のスキルアップは必須となる。
例えば、近年注目されている「リスキリング」の実行メニューには、<デジタル能力を活用して新しい価値を生み出すことができるよう、能力やスキルを再開発する>ことが重視されている。
おそらく、継続する学び、デジタルの学びは社会全体にも好ましい影響をもたらすのではないだろうか。
 
こうした流れを踏まえて建築実務の現在を見渡すならば、設計から施工に至る建築生産の効率化、カーボンニュートラルに関わる目標の達成、誰にとっても快適で安全な場の実現、建築や都市の維持管理あるいは資産管理といった多様な社会課題解決に対してBIM( Building Information Modeling )への期待は大きなものがある。
そして、それを的確に活用・運用できる実務人材の育成が急務であることは論を俟たない。
その認識に立って、2021年10月に「一般社団法人BIM教育機構」(https://bimeo.or.jp/index.html)が設立されたという次第である。
BIM教育機構は、BIMの普及だけでなく、BIMを活用して業務が社会的な責任を果たすために、その業務の質の向上を支援する団体を標榜している。
活動目標には、<BIM技術者の教育・啓蒙・人材育成等に関する活動およびBIMに関する普及活動を行うことにより、BIMによる建設プロジェクトの質的向上、発展に寄与する>ことを掲げている。
すなわち、一部の限られた人材にとどまらない、BIM人材の層の広がりを展望しつつ、リスキリングの趣旨と重なるレベルアップの活動という趣旨である。

BIM教育機構のビジョン

 
 

BIMの使命、BIM教育機構が目指すもの

さてBIMは、建築生産と維持に関わるさまざまな場面で生成されたデータを統合し、公共目標達成のための活用される使命を有している。
これは、米国でのBIMが2000年代初頭から目指してきた方向である。
今や世界に広がったBIMは、それぞれの地において建築生産改革に不可欠なツール、またグローバルビジネスに有用なツールと認識されるようになってきている。
今後さらにBIMが普及定着することで、より良い社会の構築を支える力となるだろう。
日本においても民間からBIMの活用が始まり、2010年に国土交通省の営繕業務での取り組み開始へと駒が進んだ。
2018年には同省が建築BIM推進会議を設置し、こうしたBIMの胎動を国としてさらに発展させる動きが進んできた。
ここではBIM環境整備、BIMによる確認検査の検討・積算の標準化などの項目での議論を進め、またモデル事業の採択と実施を通じて実効性の検証を行っている。
 
一般社団法人BIM教育機構が最初に取り組んでいるのは、こうした国内外の動きと議論を背景としながらの、BIMの教育基盤づくりと継続的な学習の支援である。
BIMを扱う人材あるいはBIMを支える層が広がってゆく中で、着実・確実にBIMが普及するためには、基礎的な理解がばらばらでは真の基盤にはならない。
BIMを共通の言語で使えるよう体系付け、さらに最新の知識を提供し、そのアクションを通じて業務全体の質を高めてゆく着実さである。
 
そこでBIM教育機構では、専門家一人ひとりの目標、あるいはBIMを活用している組織の目的に対応しながら、BIMの入門からスキルアップ、継続学習、新たな技術の研修など、多様なメニューの提供を目指してゆくこととしている。
一方で、実際の社会課題と向き合うには、建築分野以外の知見も加え、応用力の養成にも力を入れたい。
例えば地域行政における統合的なデータベース構築、不動産業における総合的価値判断、交通事業におけるTODなどといった場面でBIMの活用が期待できるが、建築BIMの能力を備
えた技術者が、大きなテーマのまとめ役として役割を発揮できるよう、単なる教材提供を越えた能力開発をビジョンとしてゆく。
 
 

基盤づくりの取り組み-「BIMの教科書」から研修制度構築へ-

ここからは現在、BIM教育機構が推進している項目について紹介する。
活動は「1.BIMに関する普及事業」、「2.BIMに関する教育・啓発事業」、「3.BIMに関する出版事業」、「4.BIMに関する資格試験の実施・資格認定・資格更新・証明に関する事業」、「5.その他当法人の目的達成のために必要な事業および前各号に付帯または関連する一切の事業」に分かれている。
BIMとは情報共有のツールである、との視点に立てば、あらゆるBIM活用者が基礎を固めて同じ知識レベルに達するのは極めて重要であり、この目的が活動項目1から3に該当する。
この認識は、BIM教育機構の源流として2018年頃から始まったBIM教育研究会の活動で育んできたもので、2020年に成果として「BIMBASICⅠ建築・BIMの教科書」(日刊建設通信新聞社)発刊で結実に至った(図-1、2)。

図-1 『BIM BASIC Ⅰ 建築・BIMの教科書』 
図-1 『BIM BASIC Ⅰ 建築・BIMの教科書』 
図-2  『BIM BASIC Ⅰ 建築・BIMの教科書』の内容例
図-2  『BIM BASIC Ⅰ 建築・BIMの教科書』の内容例

この教科書の継続的な改良・成長を含む「BIMに関する出版」事業は、教科書をテキストとする「BIM研修」事業・「BIM基礎知識診断」事業へと歩みを進めるための、BIM教育機構のゼロマイル・ポストとなっている。
この教科書では、1:BIMの基礎、2:BIMの実践、3:BIMと人材、4:BIMの発展といったカテゴリーに分けて基礎知識を盛り込み、最新のBIMの趨勢を見渡している。
その中で、教科書の巻頭に記した「BIMという道具を使って、私たち一人ひとりが何をするか、何を考えるのかを考える」点は、基本的な主張である。
教科書ではBIMのスペシャリスト育成を一方で目指しながら、技術の健全な理解の上に立つ「ジェネラリスト的視点」を併せて盛り込んでおり、これはBIM教育機構の理念の基調を成している。
この教科書については改訂を進めるとともに、2022年度内には続編「BIM BASICⅡ」の発刊を目指し準備中で、さらに知識を拡充し、業務遂行に資する工夫を加え、最近のBIMの動向についてページを割き、この理念をさらに掘り下げてゆく予定である。
 
この「BIM BASIC Ⅰ 建築・BIMの教科書」を教材にして、2022 年1月から、BIMの知識をどの程度まで身に付けているかを自分自身で診断・確認できるツール、オンラインでの「BIM基礎知識診断」をスタートしている(図-3、4)。
BIMの初学者、すでに業務に活用している人などさまざまな段階・職階に属する人を対象としている。
今後は参加者の意見を加えながら、さらに診断のレベルを少しずつ精緻に分けてゆきたい。
実はこの運営を、後ほど述べる資格制度検定のモデルにつなげようと考えている。

図-3 BIM 基礎知識診断の概要
図-3 BIM 基礎知識診断の概要
図-4 BIM 基礎知識診断の受診の流れ
図-4 BIM 基礎知識診断の受診の流れ

 
併せて、教科書の内容について時間集中型研修や幹部研修などの実施に取り組む計画がある。
対面・オンライン両面でスタートできるよう、最新のセミナースタイルを取り入れながら準備を進めている。
それぞれの組織の目標、具体的なBIM導入計画に即してカスタマイズした研修実施にも取り組んでゆく予定である。
 
 

学習と資格の将来をめぐって

ところで、建築設計3会(日本建築士会連合会・日本建築士事務所協会連合会・日本建築家協会)でも、実務者へのBIMの普及・導入促進に取り組んできた。
3会の共同作業の成果として「設計BIMワークフローガイドライン」があり、団体それぞれも独自の取り組みが行われている(日本建築士事務所協会連合会では、
BIMのポータルサイト「BIMGATE」や、BIM活用のアイデアコンペ運営などを実施)。
それぞれの構成単位が異なることによる角度の違いを生かしながら推進を始めているので、この3会をはじめ国土交通省建築BIM推進会議に加わっている各団体が同じ概念でBIMを使えることが望ましいと考える。
その目的に沿っての「BIMの教科書」や「BIM基礎知識診断」の活用は有効であり、BIM教育機構は多様なアクションを支える基盤の役割を果たしたい。
 
冒頭で述べた基盤づくりについて言えば、教育機関におけるBIM教育課程との連携は重要なテーマである。
現在各大学で進められているBIM教育には、設計能力の育成に資するとともに、建築生産の流れの中でデータを生かすという視点があるが、そこでの深い理解を促すには、機構が有する知恵と情報の教育機関への提供が可能であるし、また卒業後にバトンを受け継いでの継続学習も有効である。
例えば各企業がリスキリングに取り組む中で、機構が大学や大学院と連携したサービス提供も想定できるのではないか。
これからの多様な学びのスタイル、日本ならではの人材育成、産学連携での基盤づくりのモデルとしても検討を進める。
 
またBIM教育機構は、中期的に「BIM資格者」の制定を視野に入れている。
想定するのは「建築生産プロセスのどの分野でもBIMを正しく扱うことができ、それによって公共工事に関する調査や設計などの品質確保に資する技術者資格」との定義である。
BIM教育機構は、当面の目標に向かって活動する中で、あるべき制度の骨組みを組み立ててゆく。
当然ながら、機構が提唱する<継続性のある基盤づくり、人材づくり>という観点に沿って、取得すること自体が目標となる資格というよりも、学習を継続しながらスキルアップしてゆく内実を盛り込むものとしたい。
 
この資格については、国土交通省も資格制定の趣旨には賛同の意を表している。
ただし建築士資格にある「業務独占」の性格よりも、その資格の定着がBIM基盤の強化につながり、BIMを活用する人材の背中を押し、日本国内だけでなく国際的な競争を勝ち抜くモチベーションを高める資格でありたいと考えている。
BIM教育機構の活動をベースにしつつ、国や教育機関との意見交換を進め、国土交通省建築BIM推進会議での検討も呼び掛けてゆく。
スピードを上げて取り組もうと考えており、各方面との意見交換ができれば幸いである。
 
 

最後に BIMデータとともにある未来へ

以上述べたように、デジタルの基盤づくり、とりわけBIMの定着は、設計・施工プロセスをより信頼性を高めるものであり、それを支える人材の育成、あるいは各自の脱皮は急務である。
さらに、データを生かす局面においては、建築に関わるプレーヤーがBIMデータの生かし方を能動的に捉える必要があるだろう。
例えば、竣工後の可変性やフィードバックをどう建築が受け止めてゆくかはBIMデータが鍵となるが、それらの中から設計・施工プロセスや建築のあり方が変わってゆく可能性があるからだ。
 
例えば、スポーツ施設には、高みを目指すアスリートがいる一方で、市民スポーツ、さらに新たなスポーツの創成など、さまざまなありようが背景にある。
コミュニティー施設も似たものだろうか。
これらは利用者の動きと展開によって、竣工後の建築の形態やランドスケープに影響が及ぶことを想定しておく必要がある。
ライブな情報を取り込む建築の作り込みや場のあり方は、BIMを用いることによって、より「民主的な」可能性を切り拓くと言えるかもしれない。
 
しかしながら、こうした想像の先に、建築に関わる全てが自動化してしまう未来が待っているわけではない。
そのような単純な着想では少し危うい印象さえある。
あくまで建築をつくる専門家は、その建築を使うユーザーのためにリーダーシップを取り、BIMデータを能動的に活用する積極性、そして見識を備えているべきなのである。
 
いずれにしても、BIMデータは、建築のプロフェッショナルが建築の価値判断と方針選択を行うために、最良の材料となる。
その観点からBIMを使いこなすための教育基盤づくりと継続的な学習の支援を進めてゆきたい。
 
 
(参考)
「一般社団法人BIM教育機構の目指すもの」
(佐野吉彦、建設マネジメント技術2022年6月号)
「BIM教育機構のミッションとは」
(佐野吉彦、鉄道建築ニュース2022年11月号)
 
 
 

一般社団法人 BIM教育機構 理事長 
佐野 吉彦

 
 
【出典】


建設ITガイド 2023
特集2 建築BIM
建設ITガイド2023


 



BIM教育の新たな潮流-イチから学ばなければダメなのか?-

概要

実務設計におけるBIMの効果と可能性は非常に大きい。
ただし、4年間Vectorworksを使ったBIM導入支援を行ってきて分かったのは、専門部署が作れないような中小規模の設計事務所での自力導入は、非常に難しいということです。
そこには技術的な問題だけでなく意識の問題も大きく横たわっており、それゆえに普及しない状況になっています(図-1)。

図-1
図-1

 
この状況をどうやってひっくり返し新たなBIMの潮流を生み出すのか。
その鍵は「教育」であると確信しています。
それも「簡単」でなくてはなりません。
誰もが忙しい現代において複雑なこと難しいことが、多くの人に普及するとは思えません。
 
そこで、ここでは実務者に向けた新たなBIM教育について弊社の方法と戦略をお話しできればと思います(図-2)。

図-2
図-2

 
 

実務者へBIM教育

実務での課題

BIM設計はこれまでの設計の仕方とは大きく異なります。
例えば2本線を引けば壁が書けたのが、BIMになると壁の属性情報を与え、立体情報を与え、その情報を引き出すさまざまな仕掛けを用意し、図面はBIMモデルから切り出して作る、と図面化までのプロセスが複雑になります。
 

効率の低下が経営損失を産む

そのため設計効率が一時的に低下。
結果、設計に時間がかかることで仕事が遅れ、結果、経営損失が発生し、経営に重くのしかかってきます。
損失以上のメリットが見込まれる確証が持てればよいですが、持てなければ、耐えきれず多くの設計事務所が導入を断念しているというのが現状です(図-3)。

図-3

図-3
 

BIMを求められていない

BIMに移行しなくても仕事ができる状況がある場合、無理して移行する必要がありません。
2Dで十分効率化が進んでいる場合、わざわざBIM設計に移行するというのは、よほどのメリットがあると計算できた場合以外難しいでしょう。

 

2Dを超える効率化は可能

ただし、BIM設計でも準備が事前にできていれば、まるで線を引くかのように壁を書くだけで、属性情報も立体情報も全て含んだ状態で配置されるので、設計が非常に効率化されます。
多くのリソースが設定済みであれば2Dを超える効率化後は可能です。

 

意識を変えられない

もう一つ、設計の仕方が変わることへの意識的な抵抗です。
誰しも長く慣れてきた手法を変えるのには抵抗があります。
図面は2次元で書くことが当たり前だったこれまでのやり方を、3次元のデータを元に2次元の図面を切り出すという流れがどうしても受け入れ難い。
2次元の経験が長ければ長いほど抵抗感が強い場合があります。
これは結構厄介な問題で、何かきっかけがないと人の意識は変わりにくいです。

 

結局は教育

正しいBIM設計の方法習得による経営損失の圧縮、BIMによる効果・メリットの周知しBIMを求められる環境にする、そして設計者自身の意識の改革、これらを可能にするのは、結局のところ実務者、経営者、そしてクライアント等含め教育しかありません。

 

失敗から始まる

ここで私たちの失敗についてお話しします。
私たちはこの課題に取り組むため、まずはBIM機能から教え始めました。
ところがこの方法では、なかなか実務でBIM設計が始められないことが分かってきます。
この方法は失敗でした。

 

BIM設計は総合的な設計手法

分かったのは、BIM設計は総合的な設計手法で、断片的な機能習得ではその効果をわずかしか発揮できないということです。
つまり、さまざまな機能が正しく連携して始めて、効率的で効果的なBIM設計が可能になるということです。
BIM設計は想像以上に大掛かりなものでした。

 

3つの疑問に立ち返る

ではどこから教えたらよいのか、そこでもう一度自分たちがBIM導入時に思ったことを思い出してみました。
 
「どう始めればよいの?」
「何が正解なの?」
「誰か助けてくれないの?」
ほとんどの人がこの三つを思ったのではないでしょうか。
であれば、あとはこれに答えを出せばよい。
非常にシンプルです(図-4)。

図-4
図-4

 
 

どう始めればよいの?

自由はハードルを上げる

私たちがこの事業を始める前はVectorworksの世界では「それぞれが自由にやる」という風潮がありました。
そうなると「どう始めればよいの?」と問われ
て「自由に始めてください」となってしまいます。
これではこの難しいBIM設計を始めるにはあまりにもハードルが上がりすぎます。

 

簡単さが必要

ハードルが上がっている、ここに課題があると気付きました。
ならハードルを下げればいいと。
そこで「まずはこう始めてください。
とても簡単ですよ」と言うための方法を模索しました。

 

VectorworksBIMスターターパックの誕生

そして、開発したのがVectorworksBIMスターターパックです。
VectorworksBIMスターターパックは令和3年度、国土交通省の支援を受け、7カ月で開発されました。
その特徴を一言で言うのなら
「誰でも簡単にBIM設計を始められる」です。
設定などで難しく大変なことは全て設定済みにして、設計者はそれらを意識せず設計に集中できるようになっています(図-5)。

図-5
図-5

 

予想以上の高い評価を受ける

完成後、このVectorworksBIMスターターパックを実際に触ってもらい、その可
能性についてアンケートをとったところ、115人の回答の中で、非常に期待できるが45人、期待できるが61人、合わせて92%の人が期待できると言う結果になりました。
これは想像以上でした(図-6)。

図-6
図-6

 
 

何が正解なの?

基準がない状態で答えは出ない

VectorworksBIMスターターパックを開発した時、困ったのが、これ正解なの?と、何をやるにつけても問いが出てくることです。
すぐに、それらの問いに答えることができないことが分かってきます。
当時、どこにもこう言う方法が正しいという基準がなく、さまざまな可能性だけがあるような状況で、何が正しいかなど答えは出せませんでした。
これは泥沼にハマったような状態です。

 

エレガントな連携状態

そのような状況の中、以前、数学では「エレガント」という考えがあるというのを聞いたのを思い出しました。
ここで言うエレガントとは「それ以上何も引くことができない完全な状態」です。
 
さまざまな可能性に答えを見つけるのは難しいですが、全てが網羅され自由度があるにも関わらず、無駄がなく何も引くことができないシンプルな状態。
これを一つの答えにするのは分かりやすいのではないか。

 

行き着いたのはプラットフォーム

この考えがブレークスルーとなっていきます。
この何も引くことができないシンプルな状態とは何か?この状態になれば全てが網羅され自由度がある。
つまりさまざまな形を生み出す設計において、全ての根底に流れる共通基盤となるもの。
それはまさにプラットフォームで、全ての複雑さをシームレスにつないでくれます(図-7)。

図-7

 
図-7

Vectorworks BIMプラットフォーム構想の有効性

それは生物の生き残り戦略と似ています。
全てが全く異なるよりも、ある程度同じ構造の上に変異性を確保する方が、生き残り戦略として多様性を維持でき有効です。
これだけ多様な設計が存在する現状の中で、多様性を担保できる共通プラットフォームがあれば間違いなく有効であると確信しました。

 

一つの正しさ

そのような多様性を担保できる共通基盤=プラットフォームがあるのなら、まずはそこにある基準を使うことが正解となります。
共通基盤を使うということは基本部分での負荷が低減されるので、設計者にとってのもメリットはさらに大きくなります。
 
 

誰か助けてくれないの?

これまでのやり方ではうまくいかない

私自身の話ですが、BIM設計を始めようとした時、解説本を読んだり、ネットで調べたりしたのですが、実際の仕事でうまくいきませんでした。
この手のことは得意と自負していたのですが、どうしてもうまくいかない。
効率が上がるどころか半分ほどまでに落ち込む始末。
 

何が問題かが分からない

まずはなぜうまくいかないのか、ソフトのせいなのか、操作のせいなのか問題が切り分けられず、ただ無駄に時間を浪費していく。
メーカーのサポートに電話しても分かるのは機能的なことのみ。
痛感したのは、実務上の問題を解決できる相談先はないということです。
つまり誰も助けてくれないという現実でした。
 

共通言語が存在しない

なぜ存在しないのか。
中小規模の設計事務所では設計手法が個々に依存しており、そのため全く異なる方法を使った設計となっていることが多いです。
これは全く体系が異なる言語を使っているのと近い。
しかも翻訳方法が体系化されていない。
これでは話をするのも不可能です。

 

単なる技術教育は失敗する

そうなると、共通するのはどうしてもソフトに依存する機能だけということになります。
これならだれもが話すことができますが、ここに落とし穴があります。
前述のようにBIM設計は総合的なもので部分的な技術習得はBIM設計を効果的に行う上で十分ではありません。

 

高度なことは覚えてくれない

また、高度なBIM機能をいきなり教えようとしても、高度なことができるのは、時間があり、高いスキルを持った人だけです。
現実は相当少ない。
やさしくないと結局のところ負荷がかかり過ぎ習得が難しくなります。

 

自己流はリスクを大きくする

自己流ではこの複雑なBIMを俯瞰し切れることは難しく、どうしても抜けが出てしまい効率や効果を上げ切れません。
時間もかかり、負荷も大きい。
もう一つ問題なのは、本当はもっと良い方法があるのに気が付かず、その状態を続けてしまうのと、問題が発生した時に自力解決しなくてはならないという大きなリスクを抱えることになる(図-8)。

図-8
図-8

 

自力で習得時代の終焉

これは自力で克服する時代の終焉を意味しています。
助けを借りて準備された優しい状況からスタートを切る。
そして設計に集中する。
そういう時代に早く切り替える必要があります。
 

Vectorworks BIMスターターパックとVectorworks BIMプラットフォームが変える実務者教育

Vectorworks BIMスターターパックとVectorworks BIMプラットフォームがもたらすのは、BIMを簡単に始められる方法と安心してBIM設計を行える共通基盤です。
実務者向けの教育もそこを土台にして組み立てられれば、より効率的で効果が高く、将来的にも保証されたものになると考えられます。
そのような意味でも、このふたつがあることの意義は大きいと思います(図-9)。

図-9
図-9

 

基礎から応用まで実効性の高い教育を提供

まず、基礎段階では、詳しい機能などに触れることなく、簡単かつ効率的にBIM設計を教えることが可能になります。
これは教える側にも利点があります。
共通の方法を使うため、多くのフィードバックを得られやすく、教育方法改善のスピードが速くなります。
結果利用者により多くのメリットをもたらします。
 
応用段階では、それが基礎レベルの内容とも、多種多様な分野を横断した内容でも、シームレスにつながる実効性の高い実務者教育が可能になります。
これは実務の上で結果やリソースの再利用につながり、無駄をなくし、より質の高い設計へとつなげていくことができます(図
-10)。

図-10
図-10

 

教育は技術や方法のその先へ導く

この考え方では、例えば高度なシミュレーション技術があったとしても基礎レベルの利用者はその内部構造を知らなくてもいいということになります。
内部構造が分からないとその結果が正しいかどうかが判断できないという意見もあると思いますが、それはプラットフォーム上で検証されればいい。
結果だけ知ればいいのであれば、時間ある限りシミュレーションに集中し、より質の高い結果へと導けると考えられます。
 

資産を継承しボトムアップする

これが意味するのはBIM設計においてさまざまな成果がこれまでとは比較にならないほど簡単に再利用可能になるということです。
これを教育に使わない手はありません。
つまり過去の資産が参考データとすればスタート地点が変わってしまう。
それがプラットフォームをベースにした教育のメリット一つと考えられます。
これは間違いなくボトムアップを可能にします(図-11)。

図-11
図-11

 

実務教育は効率性から創造性へ

このようにしていけば設計者は難しいことを覚えることなく、BIMで何を作りたいか、それだけに集中できます。
共通基盤に情報が増えてくると、それを容易く利用することができ、発想の幅が広がり、さまざまなアイデアの活用がしやすくなります。
例えば良いデザインの空間を作ろうとしたとき、まずは条件が似たような世界中のいいデザインをすぐに参照して始められればボトムアップだけではなく、より質の高い新しいデザインが生み出される可能性を高めます。
つまりBIM導入で求めるものは効率性の次に、上質な教育と教育を取り巻く環境の整備によってもたらされる、新たな創造性ではと考えます。
 
 
 

フローワークス合同会社 代表
横関 浩

 
 
【出典】


建設ITガイド 2023
特集2 建築BIM
建設ITガイド2023


 



建築BIM推進会議における検討や建築BIMの推進に向けた取り組みの状況について

2023年9月11日

はじめに

(1)Society5.0の社会へ

デジタル技術がもたらす社会像として「Society5.0」があります。
「Society5.0」は、内閣府の第5期科学技術基本計画において、わが国が目指すべき未来社会の姿として平成28年に提唱されたものです。
 
Society5.0の社会では、「IoT(Internet of Things )で全ての人とモノがつながり、さまざまな知識や情報が共有され、今までにない新たな価値を生み出すことで、これらの課題や困難を克服します。
また、人工知能(AI)により、必要な情報が必要な時に提供されるようになり、ロボットや自動走行車などの技術で、少子高齢化、地方の過疎化、貧富の格差などの課題が克服されます。
社会の変革(イノベーション)を通じて、これまでの閉塞感を打破し、希望の持てる社会、世代を超えて互いに尊重し合あえる社会、一人一人が快適で活躍できる社会となります。」とあり、これらデジタル化の進展による全体最適の結果、社会課題解決や新たな価値創造をもたらす可能性について提唱されています。
 

(2)i- Constructionの推進

わが国は、現在、人口減少社会における働き手の減少への対応や潜在的な成長力の向上、産業の担い手の確保・育成などに向けた働き方改革の推進などの観点から、生産性の向上が求められています。
こうした観点から、国土交通省では、ICTの活用などにより調査・測量から設計、施工、検査、維持管理・更新までのあらゆる建設生産プロセスにおいて抜本的な生産性向上を目指す「i-Construction」の取り組みを進めています。
 
さらに、「成長戦略フォローアップ」(令和元年6月21日閣議決定)において国・地方公共団体、建設業者、設計者、建物所有者などの広範な関係者による協議の場を設置し、直面する課題とその対策や官民の役割分担、工程表などを令和元年度中に取りまとめることが盛り込まれたことを踏まえ、i-Constructionのエンジンとして先行して土木分野で重要な役割を担ってきた「BIM/CIM推進委員会」の下に、建築分野のBIMについて拡充を図るため、令和元年度からWGとして、後述する「建築BIM推進会議」を設置し、建築分野におけるBIM活用に向けた市場環境の整備について具体的な検討が開始されました。

建築BIMの将来像と工程表

 
 

建築BIM推進会議の設置と令和3年度までの取り組み状況

(1)建築BIM推進会議の設置(令和元年6月)

国土交通省では、前述の「成長戦略フォローアップ」に基づき、建築物のライフサイクルにおいて、BIMを通じデジタル情報が一貫して活用される仕組みの構築を図り、建築分野での生産性向上を図るため、官民が一体となって「建築BIM推進会議」(以下、推進会議)を令和元年6月に設置しました。
 
推進会議では、官民が連携し、建築業界全体が一丸となって今後の建築BIMの活用・推進について幅広く議論し、対応方策をとりまとめていくラウンドテーブルとなり、BIMの活用による建築物の生産・維持管理プロセスなどの「将来像」とそれを実現するための「ロードマップ」(官民の役割分担と工程表など)の検討・策定、当該「ロードマップ」に基づく官民それぞれでの検討などが進められました。
 
なお、推進会議は、松村秀一東京大学大学院工学系研究科特任教授を委員長とし、学識者のほか、建築分野の設計、施工、維持管理、発注者、調査研究、情報システム・国際標準に係る幅広い関係団体により構成されています。
国土交通省においても、住宅局建築指導課、不動産・建設経済局建設業課、大臣官房官庁営繕部整備課の3課で事務局を務めています。
 

(2)「建築BIMの将来像と工程表」の策定(令和元年9月)

令和元年6月に第1回推進会議が開催され、同年9月の第3回の推進会議において、「建築BIMの将来像と工程表」が了承されました。
 
特に「将来像」として、「いいものが」(高品質・高精度な建築生産・維持管理の実現)、「無駄なく、速く」(高効率なライフサイクルの実現)、「建物にも、データにも価値が」(社会資産としての建築物の価値の拡大)、の3つの視点で整理される
とともに、その将来像を実現するための「ロードマップ」が、次の①~⑦の7項目に整理され、連携しつつ検討していくこととされました。
 
① BIMを活用した建築生産・維持管理に係るワークフローの整備
② BIMモデルの形状と属性情報の標準化
③ BIMを活用した建築確認検査の実施
④ BIMによる積算の標準化
⑤ BIMの情報共有基盤の整備
⑥ 人材育成、中小事業者の活用促進
⑦ ビッグデータ化、インフラプラットフォームとの連携
 
また、これらに取り組む基本的な戦略として、以下の3点を掲げています。

  • マーケットの機能を生かしながら、官・民が適切な役割分担の下で協調して進める
  • 先行的な取り組みを進め、その後に一般化を図る(PDCAサイクルによる精度の向上)
  • 可能な限り国際標準・基準に沿って進める

特に1点目の役割分担に留意し、①のワークフローの検討など、さまざまな業界間の調整が必要な部分については国が主体的に事務局を行う部会「建築BIM環境整備部会」(以下、環境整備部会)を設置することとし、②~⑤については既に民間の関係団体などにおいて検討が進められていることから、それらの各団体の活動を部会と位置付け、個別課題に対する検討などを進めることとされました(令和元年10月~)。
 
なお、当面は①~⑤の取り組みを先行して行うこととされていましたが、令和3年度から⑥と⑦の取り組みにも着手したところです。
 
現在も、これら部会において官民が一体となってBIMに関する議論を進めています。
 

(3)ガイドライン(第1版)の策定(令和2年3月)

①の検討を行う環境整備部会は、志手一哉芝浦工業大学建築学部建築学科教授を部会長とし、推進会議と同様に幅広い関係団体などにより構成されています。
 
令和元年10月から環境整備部会において、BIMのプロセス横断的な活用に向け、関係者の役割・責任分担等の明確化などをするため、標準ワークフロー、BIMデータの受け渡しルール、想定されるメリットなどを内容とする「建築分野におけるBIMの標準ワークフローとその活用方策に関するガイドライン(第1版)」(以下、ガイドライン」)の検討が行われ、推進会議での承認を経て、令和2年3月にガイドラインが策定、公表されました。

 

(4)モデル事業の実施・ガイドラインの改訂(令和2~3年度)

令和2年度から、第1版であるガイドラインの実証などを行うため、ガイドラインに沿って試行的にBIMを導入し、コスト削減・生産性向上などのメリットの定量的把握・検証や、運用上の課題抽出を行う、「BIMを活用した建築生産・維持管理プロセス円滑化モデル事業」(以下、モデル事業)を実施しています。
本事業では、ガイドラインの実証だけでなく、BIMを活用した場合の具体的メリットを明らかにするとともに、BIM実行計画書(BEP(BIM Execution Plan))、BIM発注者情報要件(EIR(Employer’sInformation Requirements))を含む検討の成果物を公表することとしています。
 
特に令和3年度からは、「先導事業者型」、「パートナー事業者型」、「中小事業者BIM試行型」の3つの枠に分けて募集をしています。
 
「先導事業者型」は、発注者メリットを含む検証など過年度に検証されていないもの、もしくは発展させたものであることを応募の要件として募集を行い、7件を採択しました。
 
また、「パートナー事業者型」は、推進会議に連携・提言を行っていただく事業として募集を行い、5件を選定しました。
最後に、「中小事業者BIM試行型」は、BIMの普及に向けた取り組みの一環として、中小事業者が事業者間でグループを形成し、試行的にBIMを活用し、BIMの普及に向けた課題解決策の検証などを行うものであることを応募の要件として募集を行い、9件を採択しました。

 
これらの事業等による検証の結果、標準ワークフローの大きな枠組みについては、汎用的に各プロジェクトで適用され、標準ワークフローに基づく運用上の留意点などや、BIMの定量的な活用メリットなどが提言されました。
 
これを受け、環境整備部会において議論を行い、令和4年3月にガイドライン(第2版)への改訂を行いました。
改訂のポイントとしては、これまでの建築BIM推進会議の活動成果、モデル事業の成果などから得られた知見を盛り込むとともに、実務者の意見を踏まえた記載順整理などの構成の改善、以下の8点についての記載の充実化などが挙げられます。
 
① 発注者メリットと発注者の役割
② EIRとBEP
③ ライフサイクルコンサルティング
④ 維持管理・運用BIM
⑤ 各ステージの業務内容と成果物
⑥ 標準ワークフローのパターン
⑦ データの受け渡しの方法
⑧ 各部会などの取り組み

建築分野におけるBIM

 
 

令和4年度の取り組みと今後の展開・展望

(1)将来像と工程表の改訂

令和4年6月に閣議決定された新しい資本主義実行計画グランドデザイン・フォローアップ(令和4年6月7日閣議決定)において、ガイドライン(第2版)に基づき官民が発注する建築設計・工事などにBIMを試行的に導入するとともに、建築物のライフサイクルを通じたBIMデータの利用拡大に向けて、2022年度中にロードマップを取りまとめるとされました。
 
これを踏まえ、「建築BIMの将来像と工程表」の令和4年度中の改定を見据え、検討をしています。

建築BIMの将来像と工程表2

 
改訂に当たっては、これまでの推進会議各部会における検討やモデル事業の成果を踏まえ、BIMの普及により目指す姿とその実現に向けた取り組みの全体像および将来像の実現に必要な検討事項や現在の到達イメージについて、現状に合わせた見直しを行うとともに、社会実装に向けたさらなる成果を生むために、部会間の連携や調整を図り、BIM推進に係る具体的なロードマップとして取りまとめることを基本方針として、環境整備部会などにおいて議論・調整を進めています。

 

(2)モデル事業の実施など(令和4年度)

令和4年度も、令和3年度までの成果などを踏まえ、「先導事業者型」、「パートナー事業者型」、「中小事業者BIM試行型」の3つの枠に分けて募集を行い、「先導事業者型」は、8件、「パートナー事業者型」は3件、「中小事業者BIM試行型」は4件を採択しました。
 
これらの事業については、BIMの活用による生産性向上などのメリットや課題の検証を行うWG(先導型BIMモデル事業WGと、BIMの導入や普及に向けた課題解決策の検証などを行うWG(中小型BIMモデル事業WG)において、検討の進捗状況や成果について報告・議論いただく予定です。
 
これら官民の事業が推進会議と連携し、同会議において検討内容が議論・公表されることで、さらにBIMの検討が加速することが期待されます。
 
なお、これらの事業については、令和3年度と同様、令和4年度末に報告書が広く公表されるだけでなく、成果報告会を開催する予定です。
また、令和2・3年度の取り組みについては、令和4年度内をめどに、検証・分析事例集として取りまとめる予定です。

令和4年度BIMを活用した建築生産・維持管理プロセス円滑化モデル事業

 

(3)建築BIM加速化事業の実施(令和4年度第二次補正予算)

「建築分野のBIMの活用・普及状況の実態調査」(令和3年1月国土交通省調べ)によると、1,000人以上の企業におけるBIM導入率は7割以上である一方、10人以下の企業では3割以下となっており、特に中小事業者にとっては、導入・運用に係る初期投資や習熟人材の不足といった課題がBIM導入の障壁として挙げられます。
 
そこで、国土交通省では、建築BIMの社会実装のさらなる加速化を図ることを目的に、中小事業者が建築BIMを活用する建築プロジェクトについて建築BIMモデル作成費を上限として支援する「建築BIM加速化事業」を令和4年度第二次補正予算に計上しました。

 
本事業の活用により、建築BIM導入障壁の解消に寄与することが期待されます。
 
 

(4)今後の展開・展望

建築BIMの推進においては、官民一体となって個別課題に対する検討などを進めるとともに、共通する課題に横断的に取り組むことが重要となります。
このため、部会間の連携をさらに深め、共通する課題への取り組みを進めるとともに、各部会だけでなく、推進会議に参加している各団体においても、ガイドラインを踏まえ、検討が進められています。
さらに、建築分野にとどまらず、PLATEAU・不動産IDと連携し、建築・都市・不動産分野の情報と他分野(交通、物流、観光、福祉、エネルギーなど)の情報が連携・蓄積・活用できる社会の構築を目指した検討も行っているところです。
 
こうした継続的な取り組みにより、マーケットのさまざまな事業でBIMが広く活用され、関係団体の検証も進み、将来的にはさまざまな人材の育成や幅広い事業者への普及、さらにはビッグデータ化、インフラプラットフォームとの連携などに広がっていくことを期待します。

建築BIM加速化事業概要
建築・都市・不動産分野のDXの推進

 
 
 

国土交通省 住宅局 建築指導課

 
 
【出典】


建設ITガイド 2023
特集2 建築BIM
建設ITガイド2023


 



大学におけるBIM教育について

2023年9月7日

BIM教育の一例

BIM教育に対する考え方

芝浦工業大学のBIM教育は、旧工学部建築工学科で故木本健二先生が「オブジェクトCAD演習(2018年度よりBIM演習に改称)」を開講した2008年に遡る。
2022年現在から、実に14年も前のことである。
当初は半期の開講としていたが、それではソフトウエア操作の修得が中途半端になってしてしまうため、筆者が後を引き継いだ2014年度から、基礎と応用に科目を分けて1年間でBIMソフトウエアの操作をマスターするカリキュラムに改変した。
 
大学におけるBIM教育で、BIMソフトウエアの操作を教えるべきか、BIMの理論を教えるべきかの議論がある。
それに対して筆者は、BIMソフトウエアの操作を修得してからBIMの理論を学ぶべきだと考えている。
データをあれこれいじらずにBIMのデータ構造を腑に落ちて理解するのは不可能であり、BIMのデータ構造を理解せずにBIMの理論を咀嚼するのは無理がある。
加えて、プロジェクトマネジメントの基礎知識を知らなければBIM技術の応用ができない。
少なくとも、WBS(Work Breakdown Structure)、PART/CPM、EVM(Earned Value Management)の概念も分からずに、BIMの3D/4D/5Dを語ることはできない。
さらに、BIMの3D/4D/5Dを語るには、建物を構成する資機材の数量がどのように計算されるのかを知っておく必要がある。
その計算に必要なパラメータやロジックを発想できる素養がなくてはBIMの3D/4D/5Dを業務で実践できない。

写真-1 BIM演習1の様子
写真-1 BIM演習1の様子

 

BIM教育のフロー

当学建築学科の都市・建築コースでは、2年次後期にBIMソフトの操作を修得する「BIM演習1」、3年次前期にパラメータ利用やCDE環境を演習する「BIM演習2」、PMBOK(Project management body of knowledge)をベースとした
「建築プロジェクトマネジメント」、3年次後期に建築積算を学ぶ「建築経済(積算士補認定校)」を開講している。
筆者は、これら4科目の単位を取得することで、ようやくBIMの基礎的知識を修得できると考えている。
加えて筆者の研究室では、BIMの基礎的知識に基づいて、BIMを用いた見積りを実践的に行うゼミを3年次後期、5D-BIM演習のゼミを4年次前期に実施している。
さらに大学院では、プロジェクトの発注契約、Classification、COBie、IFC、ISO19650シリーズなど、BIMの理論を学ぶ講義を、2022年度から開講した。
これらの過程を経ることで、建築生産分野におけるBIMの専門教育をクリアしたと言えるのではないかと筆者は考えている。
 
 

BIMを用いた見積りゼミ

当学科では、3年次後期に、建築学科の全教員が自身の専門分野に関連したテーマで開催するゼミに学生が参加する
「プロジェクトゼミ」と題した科目がある。
この科目で筆者は、「有名住宅建築はいくらで建設できるのか」と題した、BIMを用いた見積りのゼミを開講している。
このテーマは2015年から継続しており、学生達は名だたる有名住宅に取り組んできた。
対象とする建物は、筆者が指定するいくつかの条件に基づいて学生自身が夏季休暇中に選んでくる。
これまでに、サヴォア邸、シュレーダー邸、アアルト自邸、イームズ・ハウス、落水荘、スカイハウス、シルバーハット、鉄の家、旧岩崎邸などを対象とした。
 
見積りの範囲は、設備と外構を除いた建物本体の工事費で、共通仮設費を含む。
全12回の演習の内、前半にBIMのモデリング、後半にBIMから得られる数値を用いた数量拾いと見積を行う。
使用しているBIMソフトウエアはAutodesk社のRevitで、Microsoft EXCELとデータを入出力するためのRevit Extension for Architecture Japan、共有パラメータを追加するParaManagerといったアドオンを追加している。

写真-2 見積りゼミの状況
写真-2 見積りゼミの状況

 

モデリングの概要

モデリングは、2~3名のグループでワークシェアリングを用いた共同作業である。
この演習では、事前に用意したファミリやテンプレートなどを与えるわけではないし、積算ソフトを用いるわけでもない。
BIMのモデリングと数量拾いを行きつ戻りつして、各部構法や仕様の設計をすること、積算の考え方を修得すること、積算に必要なパラメータへの気づきを得ることにこの演習の狙いがある。
 
学生は、取り組む建物を決めた後、図書館やインターネットで図面や資料を探す。
しかし、各部構法や仕様が詳細に記載された図面を入手できる建物は稀である。
詳細な情報を入手できない場合には、その建物について書かれた書籍や論文を読み、その文章から各部構法や仕様を推測する。
それでも不明な部分については、学生と教員で納まりを検討する。
基本的な方針は、外装と躯体は当時の材料を用い、内装の床・壁・天井は、軽量鉄骨と石膏ボードのように現代の構法で代替する。
その上で、壁厚などの詳細な寸法は、設定した材料で構成した寸法で定義する。
 

図-1 見積りゼミでモデリングした住宅の一例
図-1 見積りゼミでモデリングした住宅の一例
積算の概要

積算の項目は、「公共建築工事内訳書標準書式」の細目に若干の追記をしたものを、各自が選択した建物と照らし合わせて判断する。
各自で、不要な項目は削除し、不足な項目は追加する。
その際に、BIMから得られる数値情報をどのように加工すれば各項目の数量を算出できるかを考える。
 
例えば、RCの部材における鉄筋と型枠の数量は部位ごとの単位当たりの係数、内装下地はオブジェクトの面積、表面仕上げは部屋オブジェクトの面積や周長などを用いた計算で算出する。
建具は、建具ごとの巾と高さの数値を用い、建具、ガラス、シーリングの別に数量を算出する。
このような計算をBIMから出力したExcelで行うためには、各オブジェクトを分類するためのメタデータ的な情報(地下、地上、外部、内部、仕様の総称など)をプロパティに入力しておく必要がある。
 
当然、BIMから得られる数値情報だけで数量を算出できない項目もある。
例えば、コンクリートの打設回数、外部足場の存置期間、揚重機の使用回数などは簡単な工程計画が必要だし、土工事の各項目は多少のデフォルメをした略式計算方法を用いる。
 
単価については、コスト情報誌を用い、その単価に何が含まれていて何が含まれていないのかを確認する。
その単価に含まれていない資材については、物価情報誌で材料費、運搬費、労務費などを確認する。
コスト情報誌に記載されていない項目は、あの手この手で単価を確認する。
例えば、穴あきレンガ積み壁は、米国のRSMeansの「Building Construction Costs Book」に掲載されている複合単価を日本円に換算して用いた。
木製窓の単価は、インターネットで検索をした。
このように地道な努力を重ねて内訳書式の細目を埋め、中科目、科目の内訳へと集約し、表紙を作成して見積書が完成する。
 

BIMを用いた見積り演習の意義

このように手間のかかる方法で、それなりに本格的な見積書を作成するのだが、この苦労がBIMを学ぶ学生にとって重要な経験である。
BIMから自動で見積書ができるわけではないことと、BIMで自動積算ができない理由を、身をもって理解する。
BIMから必要な数値を得るためには、適切なカテゴリーでモデリングしなくてはならないこと、数値情報を分類することの必要性、必ずしもLODの高いモデリングが必要でないことなども体験する。
この演習を終えた学生は、三角スケールを使って図面で数量を拾うよりも、BIMでモデリングして数量を拾う方が何十倍も楽だと言う。

図-2 作成した見積書の一部
図-2 作成した見積書の一部

 
 

BIMの高度人材教育に向けて

学部生は、BIMソフトウエアの操作教育、BIMを用いた見積り演習、卒業研究ゼミを通じて、BIMソフトウエアのオペレーション技術を修得し、BIMはオブジェクトベースで物事を考えることであることを理解する。
そのようなBIMの基礎的知識を身に付けた学生たちの中から大学院に進学した学生は、BIMの理論や社会的意義を学修する。
それは、授業と修士ゼミの両輪で構成されていることが理想である。
また、海外の状況に直接触れる機会が重要である。

 

BIMの理論を学ぶ授業

授業はBIMの理論を体系的に学習することができるように、構成を模索しているところである。
BIMとの関連が深い領域として、PF(IPrivate Finance Initiative)、FM(Facility Management)、発注契約方式について「建築生産特論1」で講義をしている。
加えて2022年度からは、リスクと契約、支払い方式、コストマネジメント、コラボレーションなどに焦点を当てた講義を含む「建築生産マネジメント特論1」、Classification、COBie、IFC、ISO19650シリーズなどに焦点を当てた講義を含む「建築生産マネジメント特論2」を開講した。
これらの講義は各専門家に登壇いただいてより深い視点から各テーマを学ぶことに主眼を置いている。
 
これらの内容を学部生が学ぶのは極めて難しい。
BIMの基礎的知識を身に付け、BIMを用いた見積りゼミや卒業研究ゼミで建築プロジェクトやBIMに対する知見を深めている大学院生だからこそ理解できる内容である。
どのようなレベル感が適切か、今は手探りの状態だが、数年かけてBIMの理論を学ぶカリキュラムとして体系化させたいと考えている。
 
ねるうちに、自分なりの解釈ができるようになる。
このようなBIMの理論や技術に触れて修了した大学院生は、イノベーションを発想できるBIMの高度人材であると言えるだろう。

 

修士ゼミ

修士ゼミは、各大学院生が取り組んでいるBIMに関する専門分野の研究について大学院生相互で議論を重ねることで、BIMに関する知識と理解をより深くより広範に会得することが目的である。
例えば、2022年度に大学院生たちが取り組んでいる研究テーマは、英国・中国・ベトナムなど諸外国におけるBIM政策、IFCを利用した法適合判定やフリーウエアBIMツール、セマンティック技術におけるBIMデータの利用、BIM概算の国際比較やオブジェクトベース概算手法、建設分類体系を利用したBOM(Bill Of Materials)、点群データをそのままBIMとして扱う手法、コンピュテーショナル施工図、LiDARを用いた人の行動把握など多岐にわたる。
1人の学生がこれら全ての内容を完全に理解することは不可能である。
しかし、ゼミでの議論を重ねるうちに、自分なりの解釈ができるようになる。
このようなBIMの理論や技術に触れて修了した大学院生は、イノベーションを発想できるBIMの高度人材であると言えるだろう。

図-3 修士研究の例
図-3 修士研究の例

 

国際交流

2016年から、マレーシアのトゥンク・アブドゥル・ラーマン大学(UTAR)のコンストラクションマネジメント学科(Department of Construction Management)とPBL(Project Based Learning)のエクスチェンジプログラムを実施している。
PBLとは、「課題解決型学習」と呼ばれ、学生たちが自ら解決する能力を身に付ける学習方法のことを指す。
このPBLは、双方の学生が混成チームを組み、教員が指定した建物を実測してBIM化したり、BIMで構法計画をしたりする。
マレーシアでの開催と日本での開催を交互に実施し、これまでに6回のPBLを重ねてきた。
 
PBLを開始した当時、UTARでは授業でBIMを扱っていなかった。
そのため、当学の学生がUTARの学生にBIMソフトウエア(Revit)の操作方法を教えながら、約1週間でBIMモデルをつくりあげることになった。
BIMの操作に長けた当学の大学院生は、ファミリを作成して配信する役割を担ったり、UTARの学生にBIMの理論を講義したりして臨機応変な対応で難局を乗り越えていた。
その後、UTARでもBIM操作を教える授業が始まり、モジュラービルディングの共同設計など徐々に高度な課題に取り組むことができるようになっている。
 
2022年度からは、ベトナムのハノイ交通大学のコンストラクションマネジメント学部(Faculty of Construction Management)との提携を開始し、双方の大学院生でBIMに関する勉強会を実施している。
テーマは2つあり、1つ目は、ISO19650-1&2と日本のBIMガイドライン「建築分野におけるBIMの標準ワークフローとその活用方策に関するガイドライン」およびべトナムのBIMガイドライン「Publishing General Guidelines for Application of Building Information Modeling(BIM)」の比較、2つ目は、日本のBIMモデル事業とベトナムのBIMパイロットプロジェクトで確認された効果の比較である。
両国の大学院生が、自国のBIMガイドラインを理解するとともに、両国の比較を通じてBIMが建設産業の歴史的経緯の上に成り立っていることを知る良い機会となっている。
2023年度からは、BIMをテーマとしたPBLのエクスチェンジプログラムを開始する予定である。

写真-3 UTARとのPBLの様子
写真-3 UTARとのPBLの様子

 
 

英国の大学院における BIMコース

BIMコースの概要

2022 年11月に、知人が留学している英国の西イングランド大学ブリストル校の大学院BIMコース( MSc BIM in Design Construc tion and Opera tions )を訪問した。
このコースは、BIMクラスの担当、プロジェクトマネジメントの担当、発注契約の担当、エネルギー関連の担当、BIMのテクニカルアドバイザリーの担当の計10 名程度で構成され、最先端のBIMソフトウエアを使用して、設計と建設から保守、運用、持続可能性に至るまでを学ぶカリキュラムが用意されている。
カリキュラムは、7つのモジュールと卒業論文で構成され、基本的には1年間でそれら全ての単位を取得して卒業をする。
 
7つのモジュールは「BIM in Design Coordination」「BIM in Construction Operations」「BIM in Operation and Maintenance」「BIM in Business and Practice:インターンシップ」というBIMを直接扱う4つのモジュールと、「Low/Zero Impact Buildings」「Construction Procurement and Law」「Construction Project Management Practice」というBIMの実践に必要となる3つの基礎知識のモジュールから成る。
インターンシップを除く各モジュールは15クレジットで、座学、グループワーク、BIMの専門家による特別講義などで構成される。
BIMコースの在籍学生は30名程度で、設計・建設業界での就労経験を持つ20代後半から30代前半がほとんど、卒業後は、BIMコーディネーター、BIMマネジャーのポジションで設計事務所や建設会社に就職する人が多いそうである。
 
同校につないでくれた知人は、BIMを統合したLCA・LCCAに関するテーマで卒業研究に取り組んでおり、RevitやOne Click LCAなどのソフトウエアを使いこなし、指導教員から高い評価をもらっているようである。
将来の建設産業を担う若者が英国で育っているのを目の当たりにした。
 

写真-4 西イングランド大学のキャンパスマップ
写真-4 西イングランド大学のキャンパスマップ
日本のBIM教育との比較

日本では、大学でBIM教育を行っているとしても、個人で努力や工夫をできる範囲であり、組織的な対応ができていない。
その理由の一つとして、建築学がひと固まりで、大学院でも専門コースを設けられない。
つまり専門分野の教員を増やせない事情がある。
その打開策として複数の企業が共同で寄付講座を設けることを提案したい。
学部生・大学院生を通じてBIMを学んだ人材でも、社会に出て気付く課題や障壁は多い。
あるいは、社会に出てからBIMの必要性に気付く若者も少なくない。
そのような人材がBIMを体系的に学ぶ環境が日本にも必要である。
 
 

まとめ

日本のBIM元年とされる2009年から2022年で13年の月日が経過した。
その間に大企業から中小企業へとBIMへの取り組みは徐々に広がりを見せている。
2019年に国土交通省の建築BIM推進会議が発足してからは、BIMへの取り組みが加速して浸透しているように思う。
 
2022年12月9日に開催された第9回建築BIM推進会議では、BIMを利用するための環境整備に対する2025年度の達成目標が具体的に示され、建築BIM加速化の補助事業の説明もあった。
BIMの社会実装に対する目途が見えてきた中で、BIMの高度人材の育成が急務となっている。
そのような時代の要請に対して、企業がすべきこと、大学がすべきことが変化していくように思う。
BIMに関する知識OJT(On Job Training)が望めない日本の企業と、BIMの体系的な教育プログラムを構築しにくい日本の大学の組み合わせでも、BIMの高度人材育成に向けて最善を尽くす方策を引き続き考えていきたい。
 
 
参考文献
西イングランド大学BIMコースのホームページ:https://courses.uwe.ac.uk/K2101/building-information-modelling-bim-in-design-construction-and-operations
 
 
 

芝浦工業大学 建築学部建築学科 教授
志手 一哉

 
 
【出典】


建設ITガイド 2023
特集2 建築BIM
建設ITガイド2023


 



大学におけるBIM教育の先進事例「広島工業大学 建築デザイン学科」-アナログとデジタルの両端から建築のリアルを捉える-

建築デザイン学科の歴史

広島工業大学の建築系学科は、工学部につくられた建築学科に始まり、同学部で発展した建設工学科と、環境学部の環境デザイン学科に派生している。
われわれが所属する建築デザイン学科は、建築系学科創設50年の節目に、約20年間続いた環境デザイン学科の改編に伴いスタートした新しい学科である。
前身である環境デザイン学科では、広島を代表する建築家・村上徹が中心となり、現在の設計教育の土台を築いた。
建築デザイン学科は、この設計教育を母体とし、より幅広いものづくりを視野に入れたカリキュラムが特徴である。

 
 

カリキュラムの新たな柱

建築デザイン学科では、「建築」を軸とし、「インテリア・木工」と「デジタルデザイン」を新たな柱として加えた。
これら2つの柱を加えた理由は、現在の建築教育において、木材などのリアルな材料に触れる機会が少なくなっていること、また日本の建築教育におけるデジタル技術の導入が、海外と比べ著しく遅れていることが挙げられる。
今後建築業界にロボットやAIなどが浸透していく段階においては、伝統的な技術を含めた既存のやり方と、最先端の技術の両方を理解し、それぞれの良さを尊重させながら、うまく組み合わせていく人材が重要になってくる。
新カリキュラムでは、そのような建築の未来像を見据えた内容といえる。

 
 

手でつくることから建築を学ぶ

「インテリア・木工」ではこれまでの伝統的なものつくりを学ぶために、本格的な木工機械を取り揃えた「木工房」を整備し、そこで1年生の最初の設計演習として「デザインワークショップ」をスタートする。
この授業の初回は、入学直後の1年生を対象とした新入生オリエンテーションにて実施する。
同オリエンテーションでは、広島県木材組合連合会や広島の家具メーカー協力の下、午前中に広島近郊の山林に行き、間伐材の伐採を体験する。
午後は製材所を訪れて丸太が製材に変わる過程を、夕方には家具工場で製材が木製家具になる過程を学び、日ごろ何気なく使っている椅子や机などが、山林からどのようなプロセスを経てわれわれの手に届いているのかを体験する。
そこから3カ月かけて、木製ベンチのデザイン・設計、ならびに制作を行う内容となっている。
 
この授業は専任教員が全員で担当しており、各教員が10人1組のグループを受け持つ。
意匠だけでなく、構造や環境、生産や木材加工を専門とする教員が一堂に会して学生を指導することで、形態や座り心地だけでなく、耐久性や生産性といったさまざまな視点からデザインを検討することを目指している。
またこのベンチつくりには1脚当たりの予算と工期を設定しており、学生は、木材の使い方や、加工の方法、さらには木取図の作成を通しての積算など、建築の設計においても最低限必要な意識を植え付ける。
 
 

世界との溝を埋めるデジタルデザイン教育

本学科のデジタルデザイン教育は、「コンピュテーショナルデザイン(1年後期)」「デジタルファブリケーション実習(2年前期)」「BIM実習(2年後期)」の3つの授業が中心となっている。
日本の建築教育においては、まだまだデジタルvsアナログの議論が収束しそうにないが、そんな間にも海外の大学との差が大きくなりつつある。
また、建築業界はBIMへのシフトが加速しており、絶対的な人材の不足が大きな課題になっている。
今後の変化に対応すべく、建築を学ぶ学生はデジタルとアナログを横断するコンピュテーショナルな思考を養い、つくりながら考える力を身に付ける必要がある。
 
そのような力を伸ばすために「コンピュテーショナルデザイン」では、国際的なデファクトスタンダードの3DCADとなりつつあるRhinocerosを使い、3次元で考え、3次元でデザインする基礎スキルを身に付けるとともに、Grasshopperを使ったパラメトリックモデリングでプログラミングを通したモデリングを学ぶ。
例えば、前半5週間のGrasshopper習得の最後に取り組む「3次元模様」では、それぞれが伝統的な模様を一つ選び、模様の構成を理解してGrasshopperで再現するとともに、その模様の3次元への展開をデザインする。
また、最終課題では、キャンパス内の既存の渡り廊下を架け替える計画を考える。
パラメトリックに操作しながらデザインを進めていく場面を強制的に設けることで、建築やものづくりの設計において効果的にGrasshopperやプログラミングを用いることの重要性を感じ取ってもらいたいと思っている。

 
本学科ではデジタルファブリケーションを活用したものづくりを行うために、レーザーカッターやCNCなどの幅広い加工機を有する「デジタルファブリケーションラボ」を整備した。
「デジタルファブリケーション実習」ではこれらのデジタル加工機を使い、3DCAD上に作られたモデルを模型やモックアップに具現化するスキルを学ぶ。
例えば「、ストロングエストブリッジ」という第1課題では、2人1組で600mm×400mmの厚紙1枚使い、1mの長さの橋を作る。
まずRhinocerosを使い3Dモデルでデザインを進め、その後レーザーカッターで加工できるパーツに分解し、レーザーカッター用の加工ファイルを作成する。
レーザーカッターを使えば、5~10分程度でこれらのパーツの切り出しができるため、各グループは毎週試作を作り、その強度を確認しながらデザインを進める。

また、第2課題の「ステーブルタワー」では、一方向からの風に対して最も抵抗の少ない18㎝のタワーをデザインする。
風洞シミュレーションを用いて風の動きについて確認するとともに、最終的には3Dプリンターを用いて出力し、実際に風を当てる勝ち抜き戦を行う。

 
最後の「BIM実習」では、70~80名の履修者をArchiCADとRevitの2つのグループに分け、同様のスケジュールで授業を進める。
授業を通して取り組む課題も同じで、合同で行われる講評会ではArchiCADグループvsRevitグループの対抗意識が生まれるようにしている。
まずはBIMの基本操作を習得するのが最初の目標となるが、教科書を使った演習は最初の3週間程で終え、その後は3つの課題に取り組む。
最初の課題では全員が同じ「バルセロナパビリオン」を題材にパースと図面で表現する。
2つ目の課題では、中規模オフィスビルの実施設計図を配布し、BIMを使って同じレベルの図面を描く課題に取り組んでいる。
最後には設計演習で取り組んだ「オフィスビル」を再度BIMで設計する課題に取り組む。
これらの課題を通してBIMを使って設計することに慣れると同時に、Twinmotionを使ったパースやBIMの図面の表現力を実務レベルにまで引き上げることを目指している。
「BIM実習」の履修を終えた時点でも2年の終わりであり、これ以降の設計演習や卒業設計でBIMを繰り返し使うことで、スキルを根付かせていくことができると考えている。
また、ArchiCADグループだった学生が新たにRevitを学んだり、学生同士が教え合う環境もできつつある。
1~2年生という早い段階からBIMを含めたデジタルデザインのツールに触れることで、学生間で行われる知識やスキルの交換が活発になり、それが建築や設計を楽しむ要因の増大につながることを望んでいる。
このように、基礎的なデジタルデザインの土台の上にBIMやプログラミングを武器に、日本国内に限らず、世界に飛び出していける技術者を育てる建築教育を目指している。
 
 

多角的な視点から学科全体で設計演習にトライする

また3年前期の研究室配属以降、研究室ごとに専門的な学びを深めている3年生最後の設計演習として「デザインスタジオ」がある。
ここでは、各教員の専門領域を活動対象にすることで、建築デザイン学科の幅の広さを象徴する授業を目指している。
 
この「デザインスタジオ」では、3年間継続される「共通テーマ」に沿い、各ゼミで「ゼミテーマ」を設定して課題に取り組む。
ちなみに2018~2021年の共通テーマは「TRANSITION(移行、変遷、変わり目)」、2022~2024年は「建築循環」とした。
われわれの生活自体が大きく変化する時代である今こそ、あらためて「過去」から「現在」を見つめ直し、「現在」から
「未来」をデザインすることを目指し、各研究室の専門領域において思考するとともに、「社会実践的なものつくり」にトライしている。

 
 

設計教育の設計

ここまで、わが学科の方針や主要科目について概説したが、「設計の科目は?」と思われた方もいると思う。
最後に、わが学科における「設計教育の設計」についてまとめたい。
 
建築デザイン学科の設置にはさまざまなサブテーマをもって取り組んだが、その一つに「学生の設計離れ」があった。
他大学の現状について数校にヒアリングを実施したが、この傾向はわが校だけの現象ではなかった。
ヒアリングの過程において、教員らの多くは「学生のレベル低下」「根性のなさ」「安定志向」などなど、学生に対して攻撃的な意見は耳を塞いでも聞こえてきたが、所詮これは外的要因に他ならない。
われわれは、学生の設計離れの要因を大学における「設計教育」にあると捉え、その解決の一環として「さまざまな設計演習」を取り入れることとした。
「デザインワークショップ」や「デザインスタディ」、「デザインスタジオ」など、前述した一連の授業に加え、ΗΕΛΙΟΣ(ヘリオス)アカデミック版を活用したコストプランニング(自身が考えた建築コストをリアルタイムで体感する)などもこれに当たる。
 
 

ΗΕΛΙΟΣアカデミック版を活用したコストプランニング教育

建築教育においてコストプランニングの教育が非常に遅れていることは周知の事実である。
この原因の一つは、設計教育が構造や材料、設備などと連携が図られていないことに尽きると筆者らは考えている。
設計=意匠といった教育を実施している学校・大学は少なくない。
 
このような状況を鑑み、わが学科では設計教育におけるBIM導入を睨み、設計教育とコスト教育を連携した「コスト感覚の養成」を「建築積算演習(3年後期)」で試みている。
 
本演習では、ΗΕΛΙΟΣ(ヘリオス)アカデミック版を使用しているが、市販のΗΕΛΙΟΣとアカデミック版との大きな違いは、数量ではなく値入れまでを自動演算してくれる点である。
つまりアカデミック版では、学生が柱や壁、基礎や屋根を配置すれば造った部位ごとのコストが順に加算され「ここまで造るのにいくらかかるのか?」がリアルに体感できる。
また本演習では、同一床面積の建物であっても、平面形状の違いにより壁長が変わればコストが変わること、地下1階地上2階と地上3階ではコストが変わること、すなわち「何によりコストが変わるのか?」をリアルに体感できる。
 
導入当初は学生の飲み込みを心配したが、「BIM実習(2年後期)」を学んだ後の学生はゲーム感覚でΗΕΛΙΟΣのアカデミック版を活用して、さまざまなパターンの設計にチャレンジしている。
今後は建設費だけではなく、維持管理費を含めたライフサイクルコストの算出にもチャレンジしたいと考えている。
引き続き、株式会社日積サーベイにご協力をお願いしたい。

 
 

さいごに

建築デザイン学科では、従来の設計演習における設計対象を拡大し、展開する全ての設計演習において「リアル」というキーワードを大切に教育に取り組んでいる。
 
建築業界のみならず、社会全体で急激にデジタル化が進む今だからこそ、われわれはアナログとデジタルの両端から建築のリアルを捉えて教育に取り組む必要があると考えている。

 

杉田 洋 Hiroshi Sugita

広島工業大学教授/1971年広島生まれ。
大阪芸術大学卒業。
芝浦工業大学大学院修了。
広島大学大学院博士課程後期修了。
博士(工学)。
建築保全。
株式会社杉田三郎建築設計事務所、広島大学助手を経て 2005年より現職。
 

杉田 宗 So Sugita

広島工業大学准教授/1979年広島生まれ。
パーソンズ美術大学卒業。
ペンシルバニア大学大学院修了。
広島大学大学院博士課程後期修了。
博士(工学)。
建築設計。
米国や中国の設計事務所勤務の後、株式会社杉田三郎建築設計事務所、東京大学G30 コースアシスタントを経て2015年より現職。
 
 
 

広島工業大学 環境学部 建築デザイン学科
教授 杉田 洋
准教授 杉田 宗

 
 
【出典】


建設ITガイド 2023
特集2 建築BIM
建設ITガイド2023


 



 


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