BIM教育の一例
BIM教育に対する考え方
芝浦工業大学のBIM教育は、旧工学部建築工学科で故木本健二先生が「オブジェクトCAD演習(2018年度よりBIM演習に改称)」を開講した2008年に遡る。
2022年現在から、実に14年も前のことである。
当初は半期の開講としていたが、それではソフトウエア操作の修得が中途半端になってしてしまうため、筆者が後を引き継いだ2014年度から、基礎と応用に科目を分けて1年間でBIMソフトウエアの操作をマスターするカリキュラムに改変した。
大学におけるBIM教育で、BIMソフトウエアの操作を教えるべきか、BIMの理論を教えるべきかの議論がある。
それに対して筆者は、BIMソフトウエアの操作を修得してからBIMの理論を学ぶべきだと考えている。
データをあれこれいじらずにBIMのデータ構造を腑に落ちて理解するのは不可能であり、BIMのデータ構造を理解せずにBIMの理論を咀嚼するのは無理がある。
加えて、プロジェクトマネジメントの基礎知識を知らなければBIM技術の応用ができない。
少なくとも、WBS(Work Breakdown Structure)、PART/CPM、EVM(Earned Value Management)の概念も分からずに、BIMの3D/4D/5Dを語ることはできない。
さらに、BIMの3D/4D/5Dを語るには、建物を構成する資機材の数量がどのように計算されるのかを知っておく必要がある。
その計算に必要なパラメータやロジックを発想できる素養がなくてはBIMの3D/4D/5Dを業務で実践できない。
写真-1 BIM演習1の様子
BIM教育のフロー
当学建築学科の都市・建築コースでは、2年次後期にBIMソフトの操作を修得する「BIM演習1」、3年次前期にパラメータ利用やCDE環境を演習する「BIM演習2」、PMBOK(Project management body of knowledge)をベースとした
「建築プロジェクトマネジメント」、3年次後期に建築積算を学ぶ「建築経済(積算士補認定校)」を開講している。
筆者は、これら4科目の単位を取得することで、ようやくBIMの基礎的知識を修得できると考えている。
加えて筆者の研究室では、BIMの基礎的知識に基づいて、BIMを用いた見積りを実践的に行うゼミを3年次後期、5D-BIM演習のゼミを4年次前期に実施している。
さらに大学院では、プロジェクトの発注契約、Classification、COBie、IFC、ISO19650シリーズなど、BIMの理論を学ぶ講義を、2022年度から開講した。
これらの過程を経ることで、建築生産分野におけるBIMの専門教育をクリアしたと言えるのではないかと筆者は考えている。
BIMを用いた見積りゼミ
当学科では、3年次後期に、建築学科の全教員が自身の専門分野に関連したテーマで開催するゼミに学生が参加する
「プロジェクトゼミ」と題した科目がある。
この科目で筆者は、「有名住宅建築はいくらで建設できるのか」と題した、BIMを用いた見積りのゼミを開講している。
このテーマは2015年から継続しており、学生達は名だたる有名住宅に取り組んできた。
対象とする建物は、筆者が指定するいくつかの条件に基づいて学生自身が夏季休暇中に選んでくる。
これまでに、サヴォア邸、シュレーダー邸、アアルト自邸、イームズ・ハウス、落水荘、スカイハウス、シルバーハット、鉄の家、旧岩崎邸などを対象とした。
見積りの範囲は、設備と外構を除いた建物本体の工事費で、共通仮設費を含む。
全12回の演習の内、前半にBIMのモデリング、後半にBIMから得られる数値を用いた数量拾いと見積を行う。
使用しているBIMソフトウエアはAutodesk社のRevitで、Microsoft EXCELとデータを入出力するためのRevit Extension for Architecture Japan、共有パラメータを追加するParaManagerといったアドオンを追加している。
写真-2 見積りゼミの状況
モデリングの概要
モデリングは、2~3名のグループでワークシェアリングを用いた共同作業である。
この演習では、事前に用意したファミリやテンプレートなどを与えるわけではないし、積算ソフトを用いるわけでもない。
BIMのモデリングと数量拾いを行きつ戻りつして、各部構法や仕様の設計をすること、積算の考え方を修得すること、積算に必要なパラメータへの気づきを得ることにこの演習の狙いがある。
学生は、取り組む建物を決めた後、図書館やインターネットで図面や資料を探す。
しかし、各部構法や仕様が詳細に記載された図面を入手できる建物は稀である。
詳細な情報を入手できない場合には、その建物について書かれた書籍や論文を読み、その文章から各部構法や仕様を推測する。
それでも不明な部分については、学生と教員で納まりを検討する。
基本的な方針は、外装と躯体は当時の材料を用い、内装の床・壁・天井は、軽量鉄骨と石膏ボードのように現代の構法で代替する。
その上で、壁厚などの詳細な寸法は、設定した材料で構成した寸法で定義する。
図-1 見積りゼミでモデリングした住宅の一例
積算の概要
積算の項目は、「公共建築工事内訳書標準書式」の細目に若干の追記をしたものを、各自が選択した建物と照らし合わせて判断する。
各自で、不要な項目は削除し、不足な項目は追加する。
その際に、BIMから得られる数値情報をどのように加工すれば各項目の数量を算出できるかを考える。
例えば、RCの部材における鉄筋と型枠の数量は部位ごとの単位当たりの係数、内装下地はオブジェクトの面積、表面仕上げは部屋オブジェクトの面積や周長などを用いた計算で算出する。
建具は、建具ごとの巾と高さの数値を用い、建具、ガラス、シーリングの別に数量を算出する。
このような計算をBIMから出力したExcelで行うためには、各オブジェクトを分類するためのメタデータ的な情報(地下、地上、外部、内部、仕様の総称など)をプロパティに入力しておく必要がある。
当然、BIMから得られる数値情報だけで数量を算出できない項目もある。
例えば、コンクリートの打設回数、外部足場の存置期間、揚重機の使用回数などは簡単な工程計画が必要だし、土工事の各項目は多少のデフォルメをした略式計算方法を用いる。
単価については、コスト情報誌を用い、その単価に何が含まれていて何が含まれていないのかを確認する。
その単価に含まれていない資材については、物価情報誌で材料費、運搬費、労務費などを確認する。
コスト情報誌に記載されていない項目は、あの手この手で単価を確認する。
例えば、穴あきレンガ積み壁は、米国のRSMeansの「Building Construction Costs Book」に掲載されている複合単価を日本円に換算して用いた。
木製窓の単価は、インターネットで検索をした。
このように地道な努力を重ねて内訳書式の細目を埋め、中科目、科目の内訳へと集約し、表紙を作成して見積書が完成する。
BIMを用いた見積り演習の意義
このように手間のかかる方法で、それなりに本格的な見積書を作成するのだが、この苦労がBIMを学ぶ学生にとって重要な経験である。
BIMから自動で見積書ができるわけではないことと、BIMで自動積算ができない理由を、身をもって理解する。
BIMから必要な数値を得るためには、適切なカテゴリーでモデリングしなくてはならないこと、数値情報を分類することの必要性、必ずしもLODの高いモデリングが必要でないことなども体験する。
この演習を終えた学生は、三角スケールを使って図面で数量を拾うよりも、BIMでモデリングして数量を拾う方が何十倍も楽だと言う。
図-2 作成した見積書の一部
BIMの高度人材教育に向けて
学部生は、BIMソフトウエアの操作教育、BIMを用いた見積り演習、卒業研究ゼミを通じて、BIMソフトウエアのオペレーション技術を修得し、BIMはオブジェクトベースで物事を考えることであることを理解する。
そのようなBIMの基礎的知識を身に付けた学生たちの中から大学院に進学した学生は、BIMの理論や社会的意義を学修する。
それは、授業と修士ゼミの両輪で構成されていることが理想である。
また、海外の状況に直接触れる機会が重要である。
BIMの理論を学ぶ授業
授業はBIMの理論を体系的に学習することができるように、構成を模索しているところである。
BIMとの関連が深い領域として、PF(IPrivate Finance Initiative)、FM(Facility Management)、発注契約方式について「建築生産特論1」で講義をしている。
加えて2022年度からは、リスクと契約、支払い方式、コストマネジメント、コラボレーションなどに焦点を当てた講義を含む「建築生産マネジメント特論1」、Classification、COBie、IFC、ISO19650シリーズなどに焦点を当てた講義を含む「建築生産マネジメント特論2」を開講した。
これらの講義は各専門家に登壇いただいてより深い視点から各テーマを学ぶことに主眼を置いている。
これらの内容を学部生が学ぶのは極めて難しい。
BIMの基礎的知識を身に付け、BIMを用いた見積りゼミや卒業研究ゼミで建築プロジェクトやBIMに対する知見を深めている大学院生だからこそ理解できる内容である。
どのようなレベル感が適切か、今は手探りの状態だが、数年かけてBIMの理論を学ぶカリキュラムとして体系化させたいと考えている。
ねるうちに、自分なりの解釈ができるようになる。
このようなBIMの理論や技術に触れて修了した大学院生は、イノベーションを発想できるBIMの高度人材であると言えるだろう。
修士ゼミ
修士ゼミは、各大学院生が取り組んでいるBIMに関する専門分野の研究について大学院生相互で議論を重ねることで、BIMに関する知識と理解をより深くより広範に会得することが目的である。
例えば、2022年度に大学院生たちが取り組んでいる研究テーマは、英国・中国・ベトナムなど諸外国におけるBIM政策、IFCを利用した法適合判定やフリーウエアBIMツール、セマンティック技術におけるBIMデータの利用、BIM概算の国際比較やオブジェクトベース概算手法、建設分類体系を利用したBOM(Bill Of Materials)、点群データをそのままBIMとして扱う手法、コンピュテーショナル施工図、LiDARを用いた人の行動把握など多岐にわたる。
1人の学生がこれら全ての内容を完全に理解することは不可能である。
しかし、ゼミでの議論を重ねるうちに、自分なりの解釈ができるようになる。
このようなBIMの理論や技術に触れて修了した大学院生は、イノベーションを発想できるBIMの高度人材であると言えるだろう。
図-3 修士研究の例
国際交流
2016年から、マレーシアのトゥンク・アブドゥル・ラーマン大学(UTAR)のコンストラクションマネジメント学科(Department of Construction Management)とPBL(Project Based Learning)のエクスチェンジプログラムを実施している。
PBLとは、「課題解決型学習」と呼ばれ、学生たちが自ら解決する能力を身に付ける学習方法のことを指す。
このPBLは、双方の学生が混成チームを組み、教員が指定した建物を実測してBIM化したり、BIMで構法計画をしたりする。
マレーシアでの開催と日本での開催を交互に実施し、これまでに6回のPBLを重ねてきた。
PBLを開始した当時、UTARでは授業でBIMを扱っていなかった。
そのため、当学の学生がUTARの学生にBIMソフトウエア(Revit)の操作方法を教えながら、約1週間でBIMモデルをつくりあげることになった。
BIMの操作に長けた当学の大学院生は、ファミリを作成して配信する役割を担ったり、UTARの学生にBIMの理論を講義したりして臨機応変な対応で難局を乗り越えていた。
その後、UTARでもBIM操作を教える授業が始まり、モジュラービルディングの共同設計など徐々に高度な課題に取り組むことができるようになっている。
2022年度からは、ベトナムのハノイ交通大学のコンストラクションマネジメント学部(Faculty of Construction Management)との提携を開始し、双方の大学院生でBIMに関する勉強会を実施している。
テーマは2つあり、1つ目は、ISO19650-1&2と日本のBIMガイドライン「建築分野におけるBIMの標準ワークフローとその活用方策に関するガイドライン」およびべトナムのBIMガイドライン「Publishing General Guidelines for Application of Building Information Modeling(BIM)」の比較、2つ目は、日本のBIMモデル事業とベトナムのBIMパイロットプロジェクトで確認された効果の比較である。
両国の大学院生が、自国のBIMガイドラインを理解するとともに、両国の比較を通じてBIMが建設産業の歴史的経緯の上に成り立っていることを知る良い機会となっている。
2023年度からは、BIMをテーマとしたPBLのエクスチェンジプログラムを開始する予定である。
写真-3 UTARとのPBLの様子
英国の大学院における BIMコース
BIMコースの概要
2022 年11月に、知人が留学している英国の西イングランド大学ブリストル校の大学院BIMコース( MSc BIM in Design Construc tion and Opera tions )を訪問した。
このコースは、BIMクラスの担当、プロジェクトマネジメントの担当、発注契約の担当、エネルギー関連の担当、BIMのテクニカルアドバイザリーの担当の計10 名程度で構成され、最先端のBIMソフトウエアを使用して、設計と建設から保守、運用、持続可能性に至るまでを学ぶカリキュラムが用意されている。
カリキュラムは、7つのモジュールと卒業論文で構成され、基本的には1年間でそれら全ての単位を取得して卒業をする。
7つのモジュールは「BIM in Design Coordination」「BIM in Construction Operations」「BIM in Operation and Maintenance」「BIM in Business and Practice:インターンシップ」というBIMを直接扱う4つのモジュールと、「Low/Zero Impact Buildings」「Construction Procurement and Law」「Construction Project Management Practice」というBIMの実践に必要となる3つの基礎知識のモジュールから成る。
インターンシップを除く各モジュールは15クレジットで、座学、グループワーク、BIMの専門家による特別講義などで構成される。
BIMコースの在籍学生は30名程度で、設計・建設業界での就労経験を持つ20代後半から30代前半がほとんど、卒業後は、BIMコーディネーター、BIMマネジャーのポジションで設計事務所や建設会社に就職する人が多いそうである。
同校につないでくれた知人は、BIMを統合したLCA・LCCAに関するテーマで卒業研究に取り組んでおり、RevitやOne Click LCAなどのソフトウエアを使いこなし、指導教員から高い評価をもらっているようである。
将来の建設産業を担う若者が英国で育っているのを目の当たりにした。
写真-4 西イングランド大学のキャンパスマップ
日本のBIM教育との比較
日本では、大学でBIM教育を行っているとしても、個人で努力や工夫をできる範囲であり、組織的な対応ができていない。
その理由の一つとして、建築学がひと固まりで、大学院でも専門コースを設けられない。
つまり専門分野の教員を増やせない事情がある。
その打開策として複数の企業が共同で寄付講座を設けることを提案したい。
学部生・大学院生を通じてBIMを学んだ人材でも、社会に出て気付く課題や障壁は多い。
あるいは、社会に出てからBIMの必要性に気付く若者も少なくない。
そのような人材がBIMを体系的に学ぶ環境が日本にも必要である。
まとめ
日本のBIM元年とされる2009年から2022年で13年の月日が経過した。
その間に大企業から中小企業へとBIMへの取り組みは徐々に広がりを見せている。
2019年に国土交通省の建築BIM推進会議が発足してからは、BIMへの取り組みが加速して浸透しているように思う。
2022年12月9日に開催された第9回建築BIM推進会議では、BIMを利用するための環境整備に対する2025年度の達成目標が具体的に示され、建築BIM加速化の補助事業の説明もあった。
BIMの社会実装に対する目途が見えてきた中で、BIMの高度人材の育成が急務となっている。
そのような時代の要請に対して、企業がすべきこと、大学がすべきことが変化していくように思う。
BIMに関する知識OJT(On Job Training)が望めない日本の企業と、BIMの体系的な教育プログラムを構築しにくい日本の大学の組み合わせでも、BIMの高度人材育成に向けて最善を尽くす方策を引き続き考えていきたい。
参考文献
西イングランド大学BIMコースのホームページ:https://courses.uwe.ac.uk/K2101/building-information-modelling-bim-in-design-construction-and-operations
芝浦工業大学 建築学部建築学科 教授
志手 一哉
【出典】
建設ITガイド 2023
特集2 建築BIM