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書籍版「建設ITガイド」に掲載した特集記事のバックナンバーです。

生成AIによる建築デザインの可能性 建築設計アシストAIツール「AiCorb」の開発を通して

2024年8月19日

はじめに

建築設計の初期段階では、設計者は複数のデザイン案を用意した上で発注者との合意形成の場に臨むのが一般的である。
発注者はこの合意形成を通して自身の要望を明確化しながら、理想の形に近づけることができる。
これは発注者にとっては望ましい状況であるのに対し、設計者にとっては望ましい合意形成の在り方にならないケースもある。
設計者は、合意形成を円滑に進めるために、合意形成の場で提示する設計案以上にさまざまなパターンを検討する必要がある。
また、合意形成の場で提示した複数のデザイン案のうち選ばれるのは多くて2つであり、次の合意形成の場では発注者から選ばれたデザイン案をベースにしたバリエーションを提示する、というプロセスを繰り返す。
用意した提案が採用されず、別の切り口でデザインを検討し直すということも少なくない。
 
建築設計初期段階における合意形成は、このように発注者が求めるデザインの探索が目的であり、最終的に採用する設計方針が見つかるまでは非常にやり直しの多いプロセスである。
当然のことながらこのプロセスには時間の制約がある上、設計のやり直しやバリエーションの作成は非常に時間を要する。
結果として、求められる要求に対し、考えられる時間が少ないというアンバランスな関係となっている。
 
大林組では上記のような課題の解決に向け、建築設計業務をアシストするAI「AiCorb」の開発に2018年から取り組んでいる(図-1)。
本プロジェクトでは、探索できるデザインの幅や深さを広げるために生成AIの活用を検討している。
ここでは、AiCorbの紹介と、建築設計における生成AI活用の課題・展望について述べる。

図-1 AiCorbで生成したファサードデザイン案
図-1 AiCorbで生成したファサードデザイン案

 
 

設計業務における生成AIへの期待

設計業務の分類

設計にはさまざまな段階があり、大きく分けると概念設計・基本設計・実施設計に分類できる。
概念設計では敷地条件などを満たす範囲で、いくつかの設計案を素早く検討し、施主の要求に応える案を提案することが優先される。
ここでは大まかな建物形状、間取り、外観のデザインが要求される。
これに対して、基本設計以降では設計案を一つに絞り込んだ上で徐々に各要素を具体化し、仕様を確定しながら細部の検討へと移る。
また、建築法規や構法、各種製品への知見が重要となり、これらを参照しながら設計案を最終的に施工できる形まで具体化していく。
 

建築設計における生成AI利用の現状

2022年を境に生成AIの利用は急速に一般化し始めており、今では話題にならない日はないほどである。
チャット形式でAIと対話できるChatGPTやテキスト入力に沿った画像を生成できるMidjourneyなどさまざまなサービスが既に提供されており、建築設計でもファサードデザインや設計コンセプトの検討のほか、建築パース作成の補助ツールなどへの応用が進んでいる。
 

現在の生成AIの課題

急激な成長を遂げている生成AIではあるが、現状ではまだ概念設計までの段階が適していると思われる。
その理由として、今のAIはまだ具体的な寸法や形状の扱いに課題があり、さまざまな条件を考慮する必要がある基本設計以降では適用が難しいことが多いことが挙げられる。
また、説明性の面でもまだ課題がある。
ChatGPTをはじめとするLLM(Large Language Models)は会話形式の学習をしているため、説明を求めれば回答として説明文が得られる。
問いの投げかけ方にもよるが理論立てた正確な回答が得られることも多く、一見すればAIが説明性を獲得としたとも解釈できる。
しかしながら、実際のふるまいとしては問いに続くもっともらしい説明文を生成しているに過ぎず、どのような前提知識があり、何の情報を参照した上でその回答が得られたかを正確に把握することは難しい。
 

本プロジェクトにおける生成AI利用

これらの課題は、業務への生成AIの組み込み方によってその影響が大きく変わってくるため、一概に基本設計以降で生成
AIの利用ができないということではない。
また、現状の生成AIでも命令の仕方により得たい回答に近づけることもできるため、今後もさまざまな作業への応用提案が続くと思われる。
 
本プロジェクトではこれまでに述べてきた技術的課題なども考慮した上で、以下の2つの実現に生成AIを活用することが有効であると考えた。
 
①設計者が探索できるデザインの幅と深さを広げる手助け
②合意形成において発注者が言語化できていないデザインの要望を明らかにする手助け

 
上記から、AiCorbを設計者をアシストするツールとして位置付けている。
 
 

建築設計アシストAI「AiCorb」

開発の経緯

大林組は2017年にシリコンバレーにオープンイノベーションを活性化することを目的とした新拠点Obayashi SVVL( Silicon Valley Ventures and Laboratory)を創設し、Obayashi Challengeと称したイベントを実施した
(写真-1)。

写真-1 開発着手前のワークショップ
写真-1 開発着手前のワークショップ

ここでは建設業が解決すべき課題に対して現地スタートアップなどからソリューションを募集し、「AIを活用した自動設計」という課題に対して選ばれたのが本プロジェクトである。
大林組とシリコンバレーを拠点とする研究機関SRI Internationalとの共同開発としてスタートし、実現可能性の検証が終わった段階で建築設計向けWebプラットフォームを提供しているHyparも加わり、3社で共同開発に取り組んできた。
2018年の開発着手時点では生成AIという言葉もなく、「AIは創造性を持つのか」というのが最初の問いであった。
そこで、図-2のような完成形のモックアップを最初に作成しメンバー間で目標を共有した上で、研究開発をスタートした。

図-2 開発着手時に作成したモックアップ
図-2 開発着手時に作成したモックアップ

 

AiCorbの使い方

本プロジェクトでは、AiCorbと名付けた建築設計アシストAIツールを開発している。
AiCorbは2つのAIで構成されており、それぞれファサードデザイン案の検討とそのデザイン案の3Dモデル化する補助を行う。
 
図-3にAiCorbを利用する場合のワークフローを示す。

図-3 AiCorb利用時のワークフロー
図-3 AiCorb利用時のワークフロー

現在構築しているAiCorbを取り入れた設計業務としては、顧客からの要望を受けた後、まずHyparでボリュームスタディーを行う。
これが完了したのち、AiCorbを利用してファサードデザインを検討する。
これを補助するAI(Designer AI)では、スケッチでデザインのベースとなる形状的特徴を指示し、さらにテキストで作風や仕上げなどを指示することで、瞬時にさまざまなファサードデザイン案を生成できる。
図-4にさまざまスケッチ・建物用途に対する生成結果を示す。
意図したデザイン案が得られたところで、3Dモデル化を補助するAI(Modeler AI)で、そのデザインの窓の大きさや配置などの特徴を読み取り、Hypar上のボリュームモデルのファサードに反映する。
これにより、設計者は画像のみではなく3Dモデルとしても設計案を提示できるようになる(図-5)。

図-4 さまざまなスケッチ・建物用途に対する生成バリエーション
図-4 さまざまなスケッチ・建物用途に対する生成バリエーション
図-5 入力画像のファサード特徴を3Dモデルに反映するAIの結果例
図-5 入力画像のファサード特徴を3Dモデルに反映するAIの結果例

 

AiCorbに期待する効果

以上のようなプロセスにより、設計者は効率よくさまざまな案を可視化しながら検証することができ、発注者側も具体的な形として設計案を確認できるようになるため、従来よりも早期に発注者の具体的な要望を引き出すことができる。
これにより、従来ではやり直しにかけていた時間を最終案のブラッシュアップのためのデザイン作業に利用できるようになり、品質の高い設計案の提案につながると考えている。
 
また、多くの生成AIは画像生成までを対象としているが、AiCorbではBIMデータ化までを対象としている。
BIMデータには各部材の具体的な寸法や材質などの情報を付与することができるため、これを利用した各種性能評価などの活用も視野に入れている。
 
 

実用に向けた課題と今後の展望

建築設計利用における生成AIの課題

生成AIは急速な発展を遂げており、今後も継続的な性能向上が実現されていくことが予想される。
しかしながら、汎用的な目的で学習された生成AIでは、建築設計における微細なニュアンスを伝えるのが難しいなどといった課題は今後も残ると考えている。
もちろん、現在公開されているサービスでもアイデア検討は可能であり、既に多数の利用報告がある。
一方で、現在の技術では任意の結果を得るためには非常に多くの試行錯誤が必要である。
画像生成AIはChatGPTなどと同様、入力するプロンプトにより得られる結果が大幅に変わるため、ユーザーは利用するAIごとの生成傾向を探るところからスタートする必要がある。
加えて、ある程度そのAIの特性がつかめたとしても、最終的に得られる結果をユーザーが完全にコントロールすることは困難であり、くじ引きのように運任せとなる側面もある。
この偶発性をセレンディピティとして好意的に見ることもできるが、設計者の創造性を引き出すために利用するのであれば、より意図した通りの生成を可能とした上で偶発性をコントロールできるようにすることが望ましい。
 
また、ある程度コントロール性が高まったとしても、生成AIはこれまでのペンやCADなどといった手の延長にあったツールとは異なる性質を持つ。
実用に向けては、このような生成AIの特性を理解した上で最も高い利用効果が得られるような新たな建築設計のワークフローを確立することも重要だろう。
 

AiCorbの今後の展望

本プロジェクトでは、建築設計特化の生成AIを開発しており、現在のところ特にスケッチからさまざまなデザインを提案することに主眼を置いている。
詳細なスケッチだけではなくラフスケッチからでも設計の意図を読み取れるようにAIを独自に学習したほか、スケッチを忠実に読み取るAIや忠実性よりも生成結果の品質を重視したAIなど複数のAIモデルを用意するなどし、設計者の利用目的に応じた使い方ができるようなツールを目指している。
 
また、建築設計特化ではあるが、適宜汎用型AIの利用も必要だと考える。
汎用型AIと特化型AIのどちらが高い性能が得られるのかについては議論されているところではあるが、建築設計においては歴史・文化・慣習・地域などさまざまな事柄が設計案に影響を与えることから、汎用型AIが持つ知識の上に建築的な専門性を与えるべきである。
このような考えから本プロジェクトでは、汎用型AIの統合も検証しながら開発に取り組んでいる。
 
2023年7月には社内試験利用を開始した。
既に社内で延べ70名以上の設計者がAiCorbを試用しており、現在は課題やニーズの収集を行っている。
先に述べた生成結果のコントロール性は社内試行を通して得られた代表的な要望であり、コントロール性とセレンディピティのトレードオフに関する懸念も一部では見られたものの、総意としては既存をサービス含め、より任意の結果が得やすくなることが望ましいとの意見であった。
今後は収集した意見を反映しながら、早期に実用できるよう改良を続けていく。
 
 

おわりに

ChatGPTなど一部の生成AIは既に企業で活用されるまでになったが、画像生成AIに端を発した高性能な生成AIの一般公開は、始まってからまだ1年程度しかたっていない。
わずか1年で生成AIの実用方法が日々議論されるまでに至ったことは驚異的ではあるが、今後も「従来ではできなかったこと」の常識が次々と覆される状況が続くと予想される。
 
生成AIだけでなく、AIの活用は建設業の生産性向上における中核をなす。
建築設計におけるAI活用はまだ萌芽段階であり、試行錯誤を経て徐々に一般化が進むと思われる。
今後も本プロジェクトを通じ、積極的に試行結果を共有し、建築設計でのAI活用の発展に貢献していきたい所存である。
 
 
 

株式会社大林組 技術研究所 生産技術研究部 副課長
中林 拓馬
設計本部 アジア建築設計 部長
辻 芳人

 
 
【出典】


建設ITガイド 2024
特集2 建築BIM
建設ITガイド2024


 

最終更新日:2024-08-19



 


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