はじめに
一般社団法人buildingSMART Japan(以下、bSJ)は、建設業界におけるデータ流通・相互運用の促進を目的として、国際組織buildingSMART International(bSI)の日本支部として1996年に設立され、BIMデータの国際標準規格であるIFC(Industry Foundation Classes)や、BIM推進に関連する標準化活動を、国際標準化機構(ISO)、欧州標準化委員会(CEN)などと協調しながら推進してきている。
2023年には、初の南米大陸からブラジル支部、BIMのビジネスアウトソーシング企業が多く、人口増加と経済成長が注目されているインド支部が、新たにbSIに加盟している。
図-1 buildingSMART支部の状況(2023)
2023年9月には、世界各地のBIM関係者がノルウェー・リレストロムに集い、建設産業におけるデジタル化についての標準化や実用化に向けての情報共有、議論を行うbSIサミット会議が開催された(図-2)。
図-2 buildingSMARTサミット会議の全体会議場
bSIサミット会議では、ISO19650に基づいたBIMワークフローの事例研究、建築確認、サステナビリティ、デジタルツイン、デジタルサプライチェーン分野など、さまざまなテーマについての基調講演、パネルディスカッション、分科会、アワード表彰などが行われ、最新情報の共有、相互理解、気づきの場として発展してきている。
本報告では、bSIサミットの最新情報を基に、世界各地域におけるISO19650に基づいたBIMプロジェクト推進の状況、共通データ環境(CDE:Common Data Environment)におけるopenBIMの役割、建築確認へのIFC活用の最新状況について紹介する。
bSI Awards 2023
bSIでは、IFC、BCF(BIM Collaboration Format)、IDS(Information Delivery Specification)などbuildingSMARTが策定している標準を活用したopenBIMの普及促進を目的に、2014年からbuildingSMART Awardを年一回実施している。
春に応募を開始して、秋のサミット国際会議において設計、施工、運用・維持運営、学生、研究などの部門ごとの表彰を行っている。
2023年度も、全世界から137の応募があり、サミットではファイナリスト22チームが発表を行い、最終的に9の分野別優秀賞が発表された(図-3)。
図-3 bSI Awards 2023各カテゴリー優秀賞(bSIホームページから)
各部門優秀賞9チーム
- 資産管理部門:HOCHTIEF ViConおよびHOCHTIEF PPP Solution(ドイツ):「高速道路維持運営のためのデジタルツイン」
- 建築施工部門:Tecklenburg GmbH(ドイツ):「警察署建築プロジェクトにおける持続可能な計画と施工」
- 土木インフラ建設部門:中国鉄道科学アカデミー有限公司(中国):「杭州西駅におけるopenBIM活用」
- 建築設計部門:Finavia Corporation(フィンランド):「ヘルシンキ空港開発プロジェクト2013~2023」
- 土木・インフラ設計部門:ILFチューリッヒ(スイス):「鉄道トンネルへのopenBIM CDE活用」
- ハンドオーバー部門:中国鉄道第一測量設計研究所集団有限公司および中国鉄道科学アカデミー有限公司(中国):「鉄道のマルチドメインopenBIMデジタルエンジニアリング認証およびハンドオーバー(引き渡し)」
- プロフェッショナル研究部門:清華大学(中国):「openBIMに基づく自然言語処理技術による自動設計チェック」
- 学生研究部門:ミュンヘン工科大学(ドイツ):「IFCとAI自然言語処理学習モデルを活用した初期設計段階での自動LCA設計意思決定支援システム」
- テクノロジー部門:清華大学(中国):「openBIMおよび中国国家基準に基づいたカスタマイズ可能なBIM自動チェック」
ISO19650に基づくBIMプロジェクト推進
bSI Awardsにおける各チームのプロジェクト推進は、ISO19650に準拠して行うことが基本となる。
ISO19650は、BIMを活用した建設ライフサイクルにおける情報管理について規定している国際標準で、openBIMと密接な関連性を持っている。
ISO19650では、プロジェクト体制における発注者、受注者、タスクチームの構成の定義、役割を明確にし、次に示される情報要件の定義と運用が求められ、bSI Awardsの資料を理解するにも、これらの用語についての理解が必須となる。
- OIR(Organisational Information Requirements):組織情報要:資産管理のニーズを満たし、組織内の高度な戦略的目標を達成するために必要な情報の要件。
- PIR(Project Information Requirements):プロジェクト情報要件:発注者の意思決定に必要なプロジェクト情報への要件定義。
- AIR(Asset Information Requirements):資産情報要件:プロジェクトの引き渡し時に、プロジェクトチームが運用とFMのために提出する情報の要件。
- EIR(Exchange Information Requirements):交換情報要件(発注者情報要件):発注者がBIMプロジェクトに関する要件をまとめた文書。
OIR、PIR、AIRの内容を直接、間接的に引き継ぐ。
- BEP(BIM Execution Plan):BIM実行計画:EIRの内容に基づいてBIMプロセスを定義するためにプロジェクトチームが作成する文書。
プロジェクト期間中の情報PIM(Project Information Model) が作成され、資産管理プロセスの情報AIM(Asset Information Model)へ引き継がれる。
BIMプロジェクトにおいて、特にEIRとBEPは密接に関連しており、これら情報要件の明確な定義は、発注者と受注者のBIM活用のゴール設定、竣工後のデータ活用などの成否に関わるため、bSI Awardsの評価ポイントの一つである。
今回のbSI Awardsにおいても、これらISO19650に準拠した文書定義がどのように活用されたかの事例を見ることができる(図-4、5)。
図-4 ISO19650の各種情報要件定義の事例
(bSI Awards 2023資料から)
図-5 EIRとBEP・LOD(LOG、 LOI)の関連性について
(bSI Awards 2023資料から)
ISO19650実現におけるopenBIMの役割
ISO19650で規定されているBIMプロ ジェクト推進方法論に従い、各プロジェクトに固有のBIM活用ユースケースを選択してBEPを策定し、BIM推進の効果を最大限に発揮させるのが、BIMマネジメントにおいて重要な要素である。
BEP策定において、openBIMアプローチを活用することで、BIMユースケースを体系的かつ効率的に行う取り組みが、bSI Awardsの事例から見出すことができる。
ここで、ISO19650とopenBIMの関連性について、概要を示したい。
欧州標準化委員会のBIM部会(CENTC442)の発行したopenBIMに関するガイダンス資料を基に、ISO19650とopenBIMの関連性を示したのが図-6である。
図-6 ISO19650のBIMプロセスにおけるopenBIMの役割
openBIMとは、建設ライフサイクル全体において多種多様な関係者をつなげることを目的とした、「国際標準を活用」、「多種多様なソフトウエア、ソリューションが参加できる」、「長期的かつ持続可能な相互運用性を実現する」という特長を持つオープンなBIM推進手法を意味する。
関連する国際標準にはISO19650および、次に示すbSIが策定している国際標準が関係する。
- IDM(Information Delivery Manual:ISO29481-1)とは、BIMプロセスにおける異なるソフトウエア間の情報受け渡し手順を定めたドキュメント形式。
プロセスマップと交換情報要件から構成される。
- MVD(Model View Definition)とは、IDMにより定義されたBIMデータ連携に対応する、IFCのデータ定義仕様範囲(サブセット)の定義。
- IFC(Industry Foundation Classes:ISO16739):BIMのプロジェクト情報のデータ構造、データ形式の標準。
2024年には、土木・インフラ分野に拡張されたバージョンが国際標準となる予定。
- IFD(International Framework for Dictionaries:ISO12006-3)とは、オブジェクト指向に基づく建設分野辞書データ表現の標準。
IFDを活用した建設辞書サービスはbSDD(buildingSMART Data Dictionary)と呼ばれ、IFCやプロパティセットなどのクラス・属性情報定義、OmniClass、Uniclass2015などの建設分野の分類体系情報が格納されており、WebやAPIを通しての検索が可能である。
共通データ環境(CDE)におけるopenBIMの役割
共通データ環境CDEは、ISO19650においてBIMライフサイクル全体における情報管理の要とされている概念である。
国土交通省のBIM標準ワークフローガイドライン(第2版)には、建築生産ライフサイクルにおいて設計・施工・製造・運用・維持管理などの各段階の関係者が、設計・施工情報(2次元、3次元、その他関連情報)を共有し受け渡すための手続きや環境、とされている。
bSI AwardsにおいてもCDEの活用方法が重要な評価ポイントの一つとなっている。
openBIMとCDEの4つのステータス
CDEに格納される情報には①「作業中」、②「共有」、③「公開」、④「アーカイブ」の4つのステータス(状態)が定義されている。
①「作業中」:タスクチーム(受注者の作業チーム)が他のタスクチームからはアクセスできない未承認の情報を扱う状態。
②「共有」:作業が完了した後にプロジェクト内の他タスクチームと共有した状態で、参照される情報。
③「公開」:確定・承認された情報を別の新しいプロジェクトや資産運用などで利用するためプロジェクト外に公開した状態。
④「アーカイブ」:全てのトランザクションおよび変更要求を含むプロジェクト履歴の記録を格納する。
図-7 ISO19650におけるCDEの4つのステータス
「作業中」状態の場合、通常各チームは業務に最適な特定のBIMオーサリングツー ル(モデリングソフトウエア)を活用し、ネイティブBIMデータの作成・修正を行う、いわゆるlittle bimによるBIM推進を行う。
一方、「共有」以降のBIMプロセスでは、複数分野のプロジェクト関係者が関わることになるため、openBIMを活用したBIG BIMの状況となる。
little bim/BIG BIM(リトルBIMとビッグBIM)
「little bim」は、BIMプロセスが一つの会社または専門部署(タスクチーム)に限られ、自社・自部署特有の設計プロセスのニーズに合わせてカスタマイズされた手法・ソリューションを活用するBIMプロセスを指す。
一方、「BIG BIM」は、プロジェクト全体の共同作業のための情報交換を行うBIMプロセスを意味する。
BEPの策定において、この両方をどのように効率的に組み合わせるかがプロジェクトの成否に関わってくると言える。
Single Source of Truthの実現
SSOT(Single Source of Truth:信頼できる唯一の情報源)とは、組織内の全員が同じデータに基づいてビジネスの意思決定を行うことを保証するため、情報の一貫性と正確性を確保する慣習のことを意味する用語である。
BIMプロジェクトの情報管理においては、CDE上における共同作業を通じてSSOTを実現することになる(図-8)。
図-8 共通データ環境CDEにおけるプロジェクトメンバーの情報フロー例(bSI Awards 2023資料から)
重ね合わせモデルの手法について
CDEの「共有」以降のBIMプロセスにおいては、重ね合わせモデル(Federated model)作成をどのように行うかが、BIM総合調整(BIM Coordination)を成功に導く重要な鍵となる。
小規模なBIMモデルの場合、BIMオーサリングツールで統合する単一モデル方式を選択することもできるが、ある程度の規模のプロジェクトの場合、openBIMによりSolibriやNavisworksのようなモデルチェック専用ソフトウエアによる重ね合わせモデル方式が有効である(図-9)。
bSI Awardsにおいては、IFC,BCF,openCDE APIといったopenBIMを構成する標準を採用したCDEソリューション(例:Catenda Hub)により、クラウド上における重ね合わせモデル機能による効率的なコラボレーション運用を行う事例も出てきている(図-10)。
図-9 重ね合わせモデルの構成例
(bSI Awards 2023資料から)
図-10 openBIMに準拠したCDEによる重ね合わせモデル表示例
(bSI Awards 2023資料から)
建築確認におけるIFC活用
日本国内では国土交通省が公開した「建築BIMの将来像と工程表(増補版)」において、2025年から「BIMによる確認申請」が位置付けられ、まず「BIM図面審査」が開始され、その後「BIMデータ審査」に発展していく。
「BIM図面審査」についてはBIMソフトウエアから出力された整合性の担保された図面(PDF)を審査対象とし、BIMデータは参考扱いとしながらもIFC形式として提出することになる。
海外の建築確認へのIFCとAIの活用
bSIサミット会議においても、世界各国のIFC形式のBIMデータを審査対象とする建築確認プロセスへの取り組みが報告されてきている。
今回のサミットでフィンランド、ノルウェー、オーストリア・ウィーン市、シンガポールにおけるopenBIMによる建築確認プロセスの試みの最新状況を確認することができた。
bSI Awardsにおいてもテクノロジー部門、研究部門などで、IFCとAI自然言語処理学習モデルを組み合わせたBIMモデル自動チェック手法に注目が集まった。
シンガポールCORENET X
2000年代からBIMの建築確認への活用を行ってきているシンガポールにおいては、2023年中にこれまでの建築確認BIMプラットフォームCORENETを、CORENET Xとして更新し、openBIMに基づく建築確認プロセスに取り組んでいる状況である。
CORENET Xは、申請側と審査側の行政機関のコミュニケーションを活性化させる建築確認CDEとして機能する。
シンガポールでは、建築申請に必要な情報要件をIFC-SG(図-11、12)として定義し、CORENET X上でのコミュニケーションにはBCFの活用、提出側の事前チェックにはモデルチェッカー、建築審査側では自動法規チェックの仕組みを取り入れるとしている。
図-11 IFC-SG:属性情報マッピング表
(Industry Mapping 20 Oct 2023)
図-12 建築確認機関側が要求するIFCに
基づく情報要求の事例(防火扉の例)
今後の展望
本稿では、BIM標準化団体bSIのサミット国際会議における、ISO19650活用事例、建築確認へのIFC活用の動向を紹介し、openBIMがどのようにISO19650と連携しているかについて述べた。
これらの事例が日本のBIM展開へ取り込まれ、さらにはbSI標準策定への国内からの参画が活性化することを期待している。
bSJとしては、今後も各国のopenBIMの最新動向を把握し、広く共有していくことで、我が国のBIM推進に貢献していきたいと考えている。
参照情報:
一般社団法人buildingSMART Japan理事(技術フェロー)鹿島建設株式会社
足達 嘉信 博士(工学)
【出典】
建設ITガイド 2024
特集2 建築BIM