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書籍版「建設ITガイド」に掲載した特集記事のバックナンバーです。

BIMとMR技術を活用した中間検査と完了検査の実施について

2020年8月6日

 

はじめに

プロジェクトにおけるBIM活用が進む中で、BIMをどのように活用するかを工夫することは、生産性の向上や品質確保にとって重要なことです。近年は、建築確認におけるBIM活用も進んでいます。日本建築センター(以下、「BCJ」という)と竹中工務店も、2017年に日本で初めて省エネ適合性判定の対象となる規模の建築物の建築確認と省エネ適合性判定においてBIMを活用した事前審査を実施し、その有効性や課題を整理するなど、建築確認へのBIM活用に積極的に取り組んできました。
 
2018年は次のステップとして、建築確認で活用したBIMモデル情報を中間検査や完了検査にも有効活用し、かつ、施工時の監理等にも応用の可能性があるMR(Mixed Reality:複合現実)技術を取り入れた検査手法で検査を実施し、その有効性や課題を整理、検討しました。それまで、中間検査や完了検査でのBIM活用の実施事例は、他では公表されていませんでした。建築確認の事前審査で活用したBIMモデルを検査にも活用するのは、初めての試みです。
 
 

検査の概要

(1)検査対象建築物
今回の検査対象建築物の「EQ House」は、竹中工務店とメルセデス・ベンツ日本株式会社の共同プロジェクトであり、設計・施工において、デジタル情報を効率よく連携させるデジタル デザイン ビルドを採用しています。
 
約1,200枚の外装パネルのデザインでは、プログラムによって形態を生成するコンピュテーショナルデザインを採用し、最適な形状と配置を決定しました。また、デジタルデータは施工においても活用しました。各パネルは個別のIDで管理し、工場加工の効率化はもとより、現地での組み立てにおいても、スマートグラスなどのウェアラブルデバイスを通して、設置場所などの必要な情報をタイムリーに提供して作業を支援するなど、生産性の向上を実現しました。
 
このような取り組みの一環として、「EQ House」の建築確認や検査でも、積極的にBIMやその他のICTを活用することにしました。
 
「EQ House」の概要
・建設地:東京都港区六本木
・規 模:延べ面積 88.08㎡、地上1階
・構 造:鉄骨造
・主用途:展示場(従用途:旅館・ホテル)
 
 
(2)検査手法と活用したICT
検査にあたり、BCJと竹中工務店は、検査の効率化と検査の的確性の向上を両立させるために、目的に合わせた次の三つのICTを活用する検査手法を構築しました。
 
①検査用BIMモデル
検査においてBIMモデルをより有効に活用するために、建築確認の事前審査で活用したBIMモデルそのものではなく、検査内容及び検査方法に合わせて色分けや情報を付加した検査用BIMモデルを作成しました。各検査の検査用BIMモデルの詳細は後述します。
 
②MR(Mixed Reality)技術
検査の効率化と的確性の向上を目的とし、現実の空間に存在するモノに合わせてCGを配置して映像化する「MR技術」を活用しました。検査では、検査者と受検者の双方がBIMモデルを投影させたMR用のヘッドマウントディスプレイ(HMD)を装着し、BIMモデルと実際の検査対象建築物(現実世界)を重ね合わせて見ながら検査しました。
 
③共有クラウド
情報の一元化と迅速な情報共有のために、関係者のみがアクセスできる「共有クラウド」を利用しました。この共有クラウドは、建築確認の事前審査の段階からBCJが管理を行い、竹中工務店を招待しているもので、BIMデータのViewer機能やBIMデータへの書き込み機能などを有するものです。検査中の質疑も共有クラウドのBIMモデルに書き込むことで、関係者で迅速に情報共有できるようにしました。
 
 
(3)対象とした検査
BIM及びMR技術を活用した検査(以下、「BIM・MR検査」という)は、中間検査の鉄骨の建て方工事の検査と、完了検査の建築設備の検査において実施しました。
 
今回の建築物は、法定の中間検査は不要な建築物であったため、実施した中間検査は任意の検査でしたが、今回の取り組みを法定の中間検査に応用できるように、検査項目や検査内容は法定の中間検査と同一としました。
 
完了検査は、建築基準法に基づく法定検査です。
 
 
(4)BIM・MR検査の位置付け
建築基準法に基づく中間検査と完了検査は、「工事監理の状況の写真及び書類による検査並びに目視、簡易な計測機器等による測定又は動作確認その他の方法により、確認に要した図書及び書類(以下、「確認図書」という)のとおりに工事が実施されたものであるかどうかを確かめる」ものです。
 
今回の取り組みは、従来の現場検査における「目視検査」の一部を、「BIM及びMR技術を活用した目視検査」に置き換える試みです。
 
 
(5)検査の流れ
中間検査も完了検査も、検査の準備から検査の実施までの流れは次のとおりです。なお、BIM・MR検査は、前述のとおり、目視検査の一部を置き換えるものです。BIM・MR検査による検査項目以外の項目は、従来と同じ検査方法で実施しました。
 
①BCJが管理している共有クラウドに竹中工務店を招待。
 
②BCJと竹中工務店で協議し、検査ごとにBIM・MR検査を実施する検査項目を決め、検査項目及び検査目的に合わせた検査用BIMモデルを作成(各検査の検査項目や検査用BIMモデルの詳細は後述のとおり)。
 
③竹中工務店が検査申請と併せて共有クラウドに検査用BIMモデルをアップ。
 
④BCJが、検査実施前に、共有クラウドにアップされたBIMモデルが確認図書と同じであることを確認。
 
⑤BCJ(検査者)と竹中工務店(受検者)の双方がBIMモデルを投影させたHMDを着用し、BIMモデルと検査対象建築物を重ねて見ることにより、BIM・MR検査を実施。
 
⑥検査中の質疑は、BCJが検査時に携帯している端末タブレットを利用して共有クラウドの検査用BIMモデルに入力。
 
⑦検査後、竹中工務店がBCJの質疑に対する回答を共有クラウドに入力し、BCJが回答を確認。
 
 

BIM・MR検査の方法

(1)中間検査
①検査項目
中間検査におけるBIM・MR検査の検査項目は次のとおりです。これらは、鉄骨の建て方工事の検査において、現場で行う主要な検査項目です。
1)構造耐力上主要な部分の部材の位置の確認
2)構造耐力上主要な部分の仕口の構造方法の確認
3)構造耐力上主要な部分の部材の寸法の確認(検査箇所の選定)
4)構造耐力上主要な部分の部材の種別の確認(検査箇所の選定)
 
②中間検査用BIMモデルの特徴中間検査では、検査対象の構造部材が設計図書(確認図書)どおりに施工されていることを確認する必要があります。そのため、①に掲げたいずれの検査項目でも、まずは検査対象の構造部材の設計条件(断面寸法や使用材料等)を確認する必要があります。
そこで、中間検査の検査用BIMモデルとしては、検査項目や検査内容に合わせて、次の「部材断面BIMモデル」と「使用材料BIMモデル」の二つのモデルを作成しました。
 
1)部材断面BIMモデル
EQ House(検査対象建築物)の構造部材は、断面寸法が複数種類あり、かつ、それらが複雑に架構を構成しています。通常のBIMモデルは各構造部材の断面寸法を常時表示しているわけではないため、各構造部材の設計上の断面寸法を確認するためには部材のプロパティ情報を確認する必要があります。そこで、検査の効率化のために、構造部材の断面寸法ごとに色分けした「部材断面BIMモデル」を作成しました。
 
2)使用材料BIM モデル
検査では、各構造部材の材料が設計どおりであることを確認する必要がありますが、1)同様、通常のBIMモデルは各構造部材の材料を常時表示しているわけではありません。そこで、構造部材の材料種別(SS400材、SM490材)の確認の効率化のために、材料種別ごとに色分けした「使用材料BIMモデル」を作成しました。
 
③検査の実施
中間検査では、検査項目ごとに検査用BIMモデルを切り替えながらBIM・MR 検査を実施しました。
①の1)構造耐力上主要な部分の部材の位置と2)構造耐力上主要な部分の仕口の構造方法の確認は、部材断面BIM
モデルを利用し、投影されるBIMモデルとHMD越しの鉄骨架構を目視することにより実施しました。
 
3)構造耐力上主要な部分の部材の寸法の確認も、部材断面BIMモデルを利用し、HMD越しに各部材の設計上の断面寸法を確認した上で、部材断面ごとに数箇所選定して、部材断面寸法をスケールにて測定することにより実施しました。
 
4)構造耐力上主要な部分の部材の種別の確認は、使用材料BIMモデルを利用し、HMD越しに各部材の設計上の材料種別を確認した上で、材料種別ごとに数箇所選定して、材料種別をサムスチールチェッカーにて確認することにより実施しました(図-1)。
 

図-1 中間検査の流れ(構造耐力上主要な部分の部材の種別の確認)



また、検査中の質疑は、現場の写真データも添えて共有クラウドのBIMモデルの該当部分に記録することで、質疑内容がより明確になるように工夫しました。質疑に対する回答(是正報告)も、回答文書に是正後の現場の写真データも添えて共有クラウドのBIMモデルの該当部分に記録することで、検査の経過が明確になるようにしました(図-2)。
 

図-2 BIMモデルに記録した検査の質疑回答




(2)完了検査の方法
①検査項目
完了検査(建築設備の検査)におけるBIM・MR検査の検査項目は次のとおりです。
1)空調・換気機器の設置状況の確認
2)配管・ダクトの各系統の接続状況の確認
3)延焼の恐れのある部分の位置の確認(延焼の恐れのある部分と設備開口の離隔の確認)
4)自動火災報知設備の感知器の感知区域や法定離隔距離の監理状況の確認
 
②完了検査用BIMモデルの特徴
完了検査の検査用BIMモデルとしては、検査の効率化と的確性の向上のために、検査項目及び検査目的に合わせて以下の表示等をしたモデルを作成しました。
 
1)建築設備の種別や系統による色分け
建築設備は、外見が同じ又は似ている機器・器具や配管・ダクト等が多いため、外見のみで種別や系統を判別するのは困難です。そこで、空調・換気機器の設置状況の確認(①1))や配管・ダクトの各系統の接続状況の確認(①2))の効率化と視認性の向上を目的として、BIMモデルの建築設備を種別や系統ごとに色分けしました。
 
2)設計図書における補助線の表示
設計図書では、法適合の確認の効率化のために、延焼の恐れのある部分などの補助線を明示しています。しかし、実際の建築物や敷地には補助線は明示されていないため、通常の検査では、現場と設計図書を見比べたり、距離を測定しながら、各設備の設置位置の確認や妥当性の確認を行います。BIMモデルも、通常は補助線が明示されていませんが、今回は、BIMモデルにも補助線を明示し、実際の建築物に補助線を投影して確認できるようにすることで、検査ポイントの見える化と法適合性の判断の効率化を図りました。
 
3)監理値や監理記録の表示
完了検査は、工事監理者による工事監理の状況を確認することが検査方法の一つです。そのため、検査では、工事監理者の監理記録を確認したり、現場検査における測定や作動状況の確認等の結果と監理記録を比較することで、監理状況の妥当性を確認します。通常は監理記録と設計図書は別の図書ですが、今回は、自動火災報知設備の感知器の感知区域や離隔距離を監理記録としてBIMモデルに記録・表示することで、監理状況の確認の効率化を図りました(図-3)。
 

図-3 モデル化した感知器の感知区域と離隔距離




③検査の実施
完了検査では、BCJ(検査者)と竹中工務店(受検者)の双方が検査用BIMモデルを投影させたHMDを装着し、受検者がBIMモデルをもとに設計(確認図書)内容や監理状況を説明しながらBIM・MR検査を実施しました。
 
検査者や受検者が見ているMR情報は、現場内の大型ディスプレイや持ち運び可能なノートPCにも表示しました。これにより、HMDを装着していない人や現場にいない人も、リアルタイムで検査箇所や検査内容を共有できるようにしました(写真-1)。
 

写真-1 感知器の感知区域や離隔距離を確認する様子
(検査者が見ているMR 情報を現場内の大型ディスプレイにも表示)




 

BIM・MR検査のメリット

BIM・MR検査の実施による、検査者と受検者それぞれにとってのメリットは次のとおりです。
 
(1)検査者にとってのメリット
検査者にとってのメリットは次の3点です。
 
一つ目は、空間把握の確度の向上による、検査の的確性の向上と効率化です。従来の検査では、検査対象の工事と確認図書の整合性や、建築基準関係規定への適合性の確認のために、検査者は複数の設計図書等をもとに、建築物の概略的な特徴の把握や確認を行いながら検査を実施しています。今回、検査用BIM モデルをMR用のHMDに投影して目視することにより、空間把握の確度が高まりました。それにより、検査の的確性の向上と効率化に繋がることが確認できました。
 
二つ目は、BIMモデルに監理記録の一部を表示したことによる、監理状況の見える化です。中間検査も完了検査も、工事監理者による工事監理の状況を確認することが、検査方法の一つとして位置付けられています。監理者が適切に監理していることが見える化されたことは、検査の的確性と効率性の向上に大きく寄与すると感じました。
 
三つ目は、共有クラウドの利用による情報の一元化と情報共有です。検査時に生じた質疑等を、共有クラウドを活用して記録データとして履歴を残すことにより、検査の経過等も含めた情報の一元化と迅速な情報共有を実現できました。また、BIMモデルと一緒に現場の写真データ等も記録できたことは、検査内容の分かりやすさに繋がり、検査者・施工者・監理者等の関係者間の正確な情報共有にも繋がることが確認できました。
 
なお、中間検査と完了検査におけるメリットの具体例は次のとおりです。
 
 
①中間検査におけるメリット
従来の検査は、複数の構造図(伏図や軸組図)をもとに、検査対象範囲の構造部材の位置を確認しています。今回は、検査用BIMモデルをMR用のHMDに投影することにより、構造部材の位置の整合確認が容易にできました。
 
また、従来の検査では、複数の構造図(伏図、軸組図や部材リスト図)をもとに、架構の特徴を把握し、部材断面寸法が異なる部材を数箇所選定する等し、確認する部材の断面寸法等の整合確認をしています。今回は、検査用BIMモデルとBIMモデルに組み込まれている BIM情報を活用することで、架構の特徴の把握が容易になり、確認する部材の効率的な選定が可能となりました。
 
 
②完了検査におけるメリット
建築設備の設計図書は設備の種類ごとに作成されているため、従来の検査では、ある1箇所の検査において複数枚の設計図書と現場を照らし合わせて確認することがあります。今回は、それら設計図書の内容が一つのBIMモデルに集約され、かつ、建築設備の種別や系統による色分けで種別や系統の把握が容易になったことで、設計内容と現場を照らし合わせる作業が容易になりました。
 
さらに、MR技術を活用し、検査用BIMモデルと現場を重ね合わせて確認することができたことにより、各設備の位置の確認が明確かつ容易になり、検査の的確性の向上と効率化に繋がりました。また、天井裏や床下のダンパーや機器等の設計上の位置を把握できたことは、天井裏や床下の検査(点検口からの目視検査)の実施箇所の選定の効率化にも繋がることが確認できました。
 
感知器に関する監理記録の一部をBIMモデルに表示したことで、工事監理者の監理状況の確認や監理記録の妥当性の確認も効率的に行えたことは、検査全体の効率化にも繋がりました。
 
 

(2)受検者にとってのメリット
①中間検査におけるメリット
従来の検査では、二次元の図面と検査対象物を照らし合わせて部材の位置を確認してから、部材の断面寸法や部材種別等の実測を行っていますが、建物の形状、部材の構成が複雑になるほど、この部材の位置確認に要する時間が増加します。これに対してMR技術を活用することで、部材の位置確認の時間が短縮され、全体として効率が良い検査になりました。さらに、検査者、受検者双方がHMDを着用することで、設計データと検査対象物、指摘内容の関係をタイムリーに共有することができるため、スピーディーに検査が行われました。
 
 
②完了検査におけるメリット
従来の検査では、二次元の図面と検査対象物を照らし合わせて配管・ダクト等の位置を確認してから、その仕様を目視確認しています。しかし、配管やダクトは複雑に交錯していることが多く、その位置確認には時間を要します。これに対してMR技術を用いて配管等の位置確認を行うことでその時間は短縮されるため、全体として効率が良い検査になりました。さらに、検査者、受検者双方がHMDを着用したことで、設計データと検査対象物、指摘内容の関係をタイムリーに共有でき、スピーディーに検査が行われました。
 
また、自動火災報知設備の感知器の感知区域や法定離隔距離も、従来の検査では二次元の図面と照らし合わせて条件を確認する必要がありましたが、MR技術を活用することでその条件確認が容易になりました。床下等の隠蔽部の検査は、従来は二次元の図面から検査箇所を特定していましたが、MR技術を用いることでその位置が実空間に投影されるため、特定に要する時間が短縮されました。さらに検査者、受検者双方が見ているMR情報を大型ディスプレイに投影することで、検査者の見ている視界をリアルタイムに他の関係者に共有することができ、多数の関係者がいる場合の検査にも適用可能な取り組みであることが確認できました。
 
 

BIM・MR検査の課題

今回実施したBIM・MR検査の課題は次のとおりです。
 
①検査用BIMモデルと確認図書の整合性確認
中間検査や完了検査は、確認図書のとおりに工事が実施されたかどうかを確認するものです。建築確認の事前審査でBIMを活用していても、現在の確認図書は二次元図面のため、検査用BIMモデルをもとに検査を実施する場合は、検査者が検査前に、検査用BIMモデルと確認図書の整合性を確認する必要があります。将来的に環境が整い、建築確認で活用したBIM モデルからBIMのプロパティ等で容易に検査用BIMモデルを作成又は表示できるようになれば、検査用BIMモデルの活用がより効果的になると思われます。
 
②データ作成や変換等の作業効率
現在は、BIMソフトで作成したデータをPCからHMDに取り込むプロセスを経る必要があります。検査の効率化のためには、このプロセスの作業効率の改善が望まれます。さらに、中間検査の鉄骨モデルの色分け、完了検査での配管、ダクト等の色分けは手動で行っているため、その作業時間も課題です。今回の検査項目以外にも適用する場合は、検査用BIMモデルの準備にさらに時間がかかる可能性があります。また、これらの色分けされたモデルは別途作成する凡例と照らし合わせて確認する必要があり、その凡例資料をタブレット端末や紙媒体で手元に控えておく必要があるため、検査中の作業手順が効率化されているとは言いがたく、今後の改善が望まれます。今後、クラウドのデータをHMDでそのまま可視化できるようになれば、PCからデータを取り込む作業が不要になり、作業工程がコンパクトになります。モデルの色分けは、プロパティに応じてIFC(Industry FoundationClasses:BIMデータ国際標準)データが自動的に色分けされ、HMDに取り込めるようになれば、作業が軽減され今回の検査項目以外にも展開しやすくなると考えられます。色分けに応じた凡例は、HMD上に断面符号や断面サイズ、材質を文字情報等で表示できるようになれば、HMD上で情報が完結するため、検査中の作業がより効率化すると考えられます。
 
③MR用HMDの位置情報の精度
今回利用したMR用HMDは、検査中の移動等により、BIMモデルと実空間の重ね合わせ位置に若干の誤差が生じてしまうことがありました。そのため、活用にあたっては、おおよその位置を確認する程度に制限されます。モデル空間と実空間との重ね合わせ精度は、重ね合わせの参照点を各所に設置することで一定以上確保できるため、将来的には施工誤差が確保されていない可能性が高い場所をハイライトさせる等の検査支援機能が期待できます。位置の情報精度がより高まれば、より一層の検査の効率化に繋がると考えられます。
 
 

まとめと今後の展望

今回の取り組みにより、BIM・MR検査は、視認性を高めることで空間把握の確度が高まり、現地確認に時間を要する箇所の検査の効率化と的確な検査に繋がることが確認できました。また、共有クラウドを活用することで情報の一元化が図られ、検査者・工事施工者・工事監理者等の迅速な情報共有に繋がりました。この検査手法は、法定検査の省力化を図るだけでなく、自主検査、建物維持管理への省人・省力化へとさらなる効率化が期待できます。
 
また、工事監理者による監理状況をBIMモデルに記録し、見える化することは、法定検査の効率化に繋がるだけではなく、品質管理の観点でも重要なことだと考えられます。そのため、BIMモデルを工事監理者による監理ツールに利用することについても検討が必要だと考えます。
 
建築確認で活用したBIMモデル情報が検査にも活用され、その検査の経過等も記録データとして情報管理されることは、BIM活用の望ましいあり方だと考えます。今後は、検査におけるBIM活用の実績を重ね、ルール化を検討していくことが必要になると考えます。さらに、建築物のライフサイクル全体にもBIM活用を広げ、検査の経過等も記録データとして情報管理することで、建築物の品質向上にも繋がるようにしたいと考えます。
 
 
 

一般財団法人 日本建築センター 確認検査部 設備審査課 主査  杉安 由香里
株式会社 竹中工務店 東京本店 設計部 設計第2部門 設計4(アドバンストデザイン) グループ長   花岡 郁哉

 
 
【出典】


建設ITガイド 2020
特集2「建築BIMの”今”と”将来像”」



 
 
 



BIMモデルの維持管理での利活用

2020年8月3日

 

はじめに

日本ファシリティマネジメント協会(JFMA)のBIM・FM研究部会は2012年9月に発足し、「BIM・FMガイドライン」の策定と新たなビジネスモデルの構築を目標に活動している。JFMAは、ファシリティマネジメント(FM)を「企業・団体等が組織活動のために、施設とその環境を総合的に企画、管理、活用する経営活動」と定義し、「ファシリティ(土地、建物、構築物、設備等)すべてを経営にとって最適な状態(コスト最小、効果最大)で保有し、賃借し、使用し、運営し、維持するための総合的な経営活動」と説明している。FMは組織のファシリティに関する永続的な活動である(図-1)。建築に関するFMの起点は、建築をつくるかどうかを判断する段階であり、建築のライフサイクルもここから始まると考えている。
 
建築の設計段階および施工段階では、BIMは当たり前のように使われるようになってきた。しかし、設計より前の企画段階や計画段階および引き渡し後の維持管理段階では、BIMへの関心が高まりつつあるものの、利活用が進んでいるとはいえない。ライフサイクルという視点に立つことで、建築のデジタル情報の価値が認識され、BIMの利活用が進むと考えている(図-2)。
 

図-1 FMの3つのレベル(JFMAホームページより)


 

図-2 プロジェクト管理の業務プロセス( 「第四の経営基盤-日本企業が見過ごしてきたファシリティマネジメント」より)




 

ファシリティマネジメントのためのBIMガイドライン

JFMAのBIM・FM研究部会が活動を始めた頃は、FMや建築の運用に関わる人たちにとって”BIM”という言葉自体が馴染みのないものであった。まず”BIM”という単語と考え方を広めることから始める必要があると考え、2015年4月に「ファシリティマネジャーのためのBIM活用ガイドブック」を発行した。このガイドブックでは、BIMの解説と国内外の先進事例を紹介し、FMとBIMが連携する可能性を示したにすぎなかった。実際にFMでBIMを使ってみようと思っても、何をすればいいか、何から始めればいいかが分からないという声が寄せられるようになった。FMでBIMを利用しようと考える人たちには、具体的な手法を示す手引書が必要であった。
 
ガイドブック発行から4年が経過した2019年8月に「ファシリティマネジメントのためのBIMガイドライン」を発行した。ガイドラインではファシリティマネジャーの他、プロジェクトに関係する人々の役割、FMでBIMを使うためのBIM実行計画、FM業務で必要なBIMモデルなどについて解説している。またBIM実行計画のひな型や実際にFMでBIMを活用している事例を紹介するとともに、建築のデジタル情報としてのBIMの可能性を示している。BIMとFM、どちらも建築の情報を扱う。情報でつながっているにも関わらず、使っている言葉や求めている情報が微妙に異なるため、お互いの情報が有効に活用されてはいない。このガイドラインの役割は、BIMとFMの間に入りお互いの業務を通訳し情報の回路をつなぐことだともいえる。興味があればぜひ、手に取っていただきたい。
 

図-3 ファシリティマネジメントのためのBIMガイドライン




 

BIMが活用できるFM業務

先に述べたようにFMの業務は多岐にわたる。ガイドラインでは、BIMが活躍できるFM業務として以下の8つの場面を挙げ、それぞれで必要なBIMモデルと情報、進め方、効果などを説明している。
 
①FMにおける企画・提案段階での利用
建築への投資は高額になることが多い。建築の所有者や経営者など意思決定者が的確に意思決定できる情報を提供することはファシリティマネジャーの大切な役割である。同様に、利用者に対しても完成後の情報を利用者が理解できるようなかたちで提供することも重要である。多くの意思決定者、利用者は建築の専門家ではなく、図面やパースなどの従来の表現方法が十分とは言えない場合が多い。BIMモデルによる3次元形状と属性情報の表示やVR,MRとの連携による表現は意思決定者、利用者への情報提供として大いに役立つ。
 
 
②情報管理インデックス
FMで必要とする多種多様な情報のうち、3次元的な位置情報とともに管理することで情報の活用度が上がるものがある。例えば、建築のさまざまな場所に設置されている空調機器や照明器具などのBIMモデルと故障や点検の記録、マニュアルなどの情報を紐付けておくことで、必要な情報へのアクセスが早くなるだけでなく関連する情報も同時に入手できるようになる。業務の効率化やサービスの向上が効果として考えられる
 
 

③ワークプレイスづくり・区画管理
ワークプレイスづくりでは利用者の意見が大変重要であるが、図面を見ただけでその空間を想像し、評価できる利用者はほとんどいない。3次元で表示した方が利用者にとっては分かりやすく、適切な意見を得ることができる。BIMモデルをVRやMRなどの表現技術と組み合わせることで、さらに高度な表現が可能となり、ワークプレイスづくりに貢献できる。
 
建築には目に見えないさまざまな区画がある。共用部と専有部がどこで分けられているか、建築確認申請時に防火区画をどこで区切っているか、オーナーとテナントの工事区分はどこか、複数の所有者や利用者がいる場合の境界、利用用途による区分、異なる床荷重が設定されている場合の境界、空調機器・照明機器・スプリンクラーなどの受け持ち範囲など、一つの空間がさまざまに区分けされている。それらの区画は床や壁、機器などの要素と関連していることが多い。さまざま区画とそれぞれに関連する要素をBIMで管理することで、管理の質が上がり、手間が削減される。
 
 
④長期修繕更新計画
建築の経年劣化は避けられない。適切な周期で修繕や更新を行うことで、建築の性能を保ち長期間利用することができる。修繕や更新の時期を想定し、その費用をあらかじめ予算化しておくことは、事業を継続する上で必要不可欠である。BIMモデルを利用することで、正確な数量を把握することができるので、予算の精度が格段に向上する(図-4)。
 

図-4 更新時期を示すBIMモデル (提供:(株)大成建設)



⑤中期修繕・改修計画
建築を良好な状態に保つためには、定期的に中期修繕・改修の計画を見直すとともに、的確に修繕・改修を実施する必要がある。長期修繕更新計画同様、BIMモデルを利用することで予算の精度が増す。工事を実施する段階では、数量を正確に把握していることが見積もりの査定に役立つとともに、工事計画にBIMモデルを利用することで、影響の範囲や度合いを正確に把握できるとともに関係者に分かりやすく説明できる。予算精度の向上、見積もりの査定および工事計画の精度向上により、効率的な予算執行が可能となる。
 
さらに、実施内容と費用をデータベース化することでさらなる精度の向上が期待できる。
 
 
⑥設備台帳の元データ
設備機器の名称、メーカー、型番、設置場所をリスト化した設備台帳は、建築の運用、管理に不可欠なものである。BIMモデルも設備台帳と同じような情報を保持できるが、当然、分類体系が異なり情報の過不足がある。BIMモデルをそのまま設備台帳として使うには無理があるが、BIMモデルから情報を取り出し、設備台帳に取り込むことで、設備台帳への入力工数は大幅に削減される。引き渡し後、早期に設備台帳を整備できることも効果も大きい(図-5)。
 

図-5 設備台帳の例 (提供:(株)大成建設)



⑦修繕対応
修繕対応は計画的に実施される予防保全と緊急に実施しなければならない緊急対応がある。予防保全では中期修繕・改修計画と同様、費用の査定や計画の立案にBIMモデルが役立つ。緊急対応では、故障箇所の特定や対処方法の検討、設備停止時の影響範囲の把握などに、BIMモデルを活用することで大幅な時間短縮が期待できる。緊急対応は時間との勝負である。対策を検討するための情報収集に時間がかかるのは、可能な限り避けるべきである。適切なBIMモデルは、緊急対応への対応力向上に寄与する。
 
 

⑧運用管理サービス
運用管理サービスとは、建築の内部環境を快適に保つこと、利用者の動線を制御すること、安全を確保することなど、建築の利用者にさまざまなサービスを提供することである。サービス提供するためには、建築の所有者、テナント、サービス事業者の合意が必要である。またそのサービスが建築や設備に密接に関わる場合は、設計段階からそのサービスを想定し合意しておく必要があり。その合意形成にBIMモデルとシミュレーションが大いに役立つ。
 
 

維持管理でBIMモデルを活用するための必要なこと

この①~⑧の場面ごとに、ファシリティマネジャーが必要する情報は異なっている。単に設計段階や施工段階でBIMモデルを作成したからといって、それがそのまま全ての場面で利用可能なわけではない。設計を始める段階で、ファシリティマネジャーと設計者が維持管理でBIMモデルを使うことや、その際にどのようなBIMモデルと情報を必要としているかを共有しておく必要がある。また施工者を選定する段階では、そのことを施工者に伝えておかなければならない。建築の引き渡しと同時にBIMモデルも引き渡されることが理想である。そのためには、それが実現できるプロセスと関係者それぞれの役割を明確にし、文書化して合意しておく必要がある。それがBIM実行計画(BEP:BIM ExecutionPlan)と呼ばれている。
 
ガイドラインでは、JFMAのプロジェクト管理の業務プロセスに沿って、ファシリティマネジャーやBIMマネジャー等プロジェクト関係者の役割を説明し、どの段階で何を決めなければいけないかを解説している。またBEPにどのようことを記載するのかを説明し、ひな型を提示している。BEPを通してお互いの役割を理解しプロセスを共有することは、維持管理でのBIMモデル活用の第一歩である。
 
 

維持管理でBIMモデルを利活用する際の課題

要求通りのBIMモデルを受け渡され、実際に維持管理でBIMモデルを利活用していく上で、いくつかの課題がある。維持管理の期間は長い。建築が解体されるまで続く。維持管理の期間が長期にわたるからこその課題もあり、現時点で解決できないものもある。
 
①投資判断上の課題
BIM利用環境の整備および維持、BIMモデルの作成と更新には初期投資だけでなく継続的に発生する費用がある。特にBIMツールのライセンス費用やBIMモデルの更新のための費用は、運用を続けていく限り発生するものなので、BIM活用の目的と効果を明確にした上での投資判断が必要になる。
 
 
②技術的な課題
・BIMモデル連携のためのデータ変換
BIMモデルの標準ファイル形式であるIFCは、各種ソフトウェアをつなぐものとしISOとして認められているが、完璧なものではなく、情報を完璧に受け渡すためには手直し作業が必要となる。BIMモデルを受け渡しの方法をBEPの中で明記するとともに、事前に試験を実施し解決方法を定めておかなければならない。
 
・維持管理でのBIMツール
BIMツールとは、BIMモデルを作成、更新するソフトウェアのことをいう。多くのBIMツールは、BIMモデルを作成することに主眼を置いているので、モデルを作成するために必要な多彩な機能を備えている。しかし維持管理では新たにBIMモデルを作成することはほとんどなく、BIMモデルを閲覧し必要な情報を入手するための利用がほとんどである。BIMモデルの閲覧だけに特化したビューアソフトがあるが、維持管理に利用するには機能が不足している。維持管理での利用を特化した維持管理用BIMツールもしくはビューアソフトが望まれる。
 
・BIMモデルの修正
増築や大規模改修時にはBIMモデルを修正する必要がある。現状では、増築された部分や撤去された部分をどう表現するか、そのようなデータの持ち方をするかなどの標準的な手法が定まっていない。例えば、撤去された部材のデータを削除すると、BIMモデルからそのデータが消失する。撤去されたものという属性を与えて保管しておく等の手法が考えられるが、その手法や仕組みはまだ一般化されていない。維持管理用BIMツールもしくはビューアソフトと合わせて、手法の標準化が望まれる。
 
 
③運用での課題
・BIMモデルの更新
大規模改修や修繕などをBIMモデルに反映させるためにはBIMツールでの入力作業が必要となる。これにはBIMツールの操作が必須で、誰でも簡単にできるというものではない。BIMモデルが更新されないと、現状とBIMモデルが整合しなくなり、BIMモデルの信頼性が著しく低下し、それ以降使われなくなる。それまでの作業が全くの無駄になる。BIMモデルの更新を、誰がどのように行うかを想定し体制を整えておかなければならない。
 
・FMソフトへの入力
BIMツールへの入力と同様、FMソフトのデータも随時更新が必要である。入力作業の負荷が通常の維持管理業務に影響するのは本意ではない。BIMモデルの更新と合わせて、運用体制を整備しておく必要がある。
 
・BIMモデルの使用者
BIMモデルを維持管理で活用する際、その使用者が誰なのかという問題がある。賃貸オフィスビルの管理にBIMモデルを使用する時、貸す側と借りる側で立場が異なるので、BIMモデルを使用する目的が異なり、必要とする情報も異なる。この違いは、竣工後に納められるBIMモデルの内容や詳細度に影響する。使用目的を明確にし、BIMモデルの内容や詳細度を決めておく必要がある。
 
 

おわりに

JFMAのBIM・FM研究部会が活動を開始してから7年半が経過した。この間に建築生産の現場では、徐々にではあるが着実にBIMが浸透している。一方、維持管理をはじめとした建築生産以外の分野では、BIMへの関心が高まってはいるものの、活用は進んでいない。また設計・施工段階においてもFMという視点でのBIMモデルの利活用も進んでいない。巷ではAIやIoTに注目が集まり、都市レベルではさまざまな試みが行われている。次は建築がフィールドになると考えている人は多い。BIMによる建築のデジタル情報は、建築においてAI、IoTを活用する際の基盤となる。企画・計画段階から建築生産、維持管理を含めた建築のライフサイクルにわたるFM視点でのBIMモデル活用が一般化し、建築が新たな価値創造の場となることを祈っている。
 
 
 

公益社団法人 日本ファシリティマネジメント協会 猪里 孝司

 
 
【出典】


建設ITガイド 2020
特集2「建築BIMの”今”と”将来像”」



 
 
 



建築士事務所におけるBIM実態調査と日事連の取り組み

 

はじめに

海外では、公共調達部門でBIMの利用が義務付けられたり、確認申請時にBIMデータの提出が義務化されるなど、国家戦略としてBIMの導入・活用を推進している国も出てきています。日本においても、2009 年頃から一部の設計事務所やゼネコンを中心にBIMの導入が進み始めましたが、2018年6月に閣議決定された「未来投資戦略2018」などの国の施策を受け、2019年6月には、官民が一体となってBIMの推進と利活用に向けた環境整備に取り組む「建築BIM推進会議」が設置され、BIMの普及と活用に向けた本格的な取り組みが始まっています。
 
 
BIMは単に新しい設計製図手法というだけでなく、建築生産プロセスにおける情報共有のためのツールとして、また設計者が発注者と設計や施工、運用に関わるさまざまなプレイヤーを結び付け、マネジメントを行うための仕組みとしても有効です。そのためBIMは、建築士事務所の経営を安定させ、生き残っていくための強力な武器になるとともに、BIMによって地域社会にある建物の情報を集約・一元化することは、地域社会が抱える課題を解決し、維持・発展させていく上でも大きなカとなります。しかしながら、現状では導入費用や教育、データ連携などの多くの課題があり、建築士事務所全体としてはまだ十分にBIMが普及しているとは言えない状況です。
 
 

日事連「BIMと情報環境ワーキンググループ」

一般社団法人日本建築士事務所協会連合会(日事連)では、これからの事務所経営にはBIMの活用やICT能力の向上が喫緊の課題であると位置付け、2018年9月、「建築BIM推進会議」のスタートに先立って「BI Mと情報環境ワーキンググループ」を設置しました。そして、建築士事務所におけるBIM導入の意義や必要性・利点の整理、BIMの普及における課題を明らかにしながら、教育・学習システムの研究、BIM活用による建築士事務所の将来像や業務発展の方向性を検討するなど、建築士事務所だけでなく建築界に幅広くBIMが普及することを使命として、さまざまな活動を行ってきています。
 
 

アンケート調査の概要

「BIMと情報環境ワーキンググループ」では、これまで建築設計プロセスや建築士事務所の運営にBIMを効果的に導入する上で必要な取り組みなどについて議論を重ねてきました。その中で、まずはBIMの導入状況を調査し、開設者や管理建築士が現状をどのように捉えているのか、また、すでにBIMを活用している建築士事務所が何を利点と捉えて運用し、何が課題であると感じているのかを把握する必要性があると判断しました。そして、今後のBIMの普及・促進に向けた基礎資料とするため、建築士事務所協会の会員事務所を対象に、以下に示す「建築士事務所のBIMとIT活用実態にかかわる調査」を実施することにしました。
 
・ 調査期間
2019年3月20日(水)~5月17日(金)
 
・ 調査方法
各都道府県の建築士事務所協会を通じ、会員事務所を対象として電子メールで告知を行い、オンラインアンケートによる回答。
 
・ 調査項目
(1)BIMの導入・活用状況について
   BIMの導入状況や活用状況、活用方法の課題やBIMを導入していない事務所の状況など。
 
(2)BIM導入に向けた取り組みについて
   BIMを導入・活用する上で希望する国などからの支援、BIM納品が義務付けられた場合の取り組み方など。
 
(3)BIM導入事務所での状況
   BIMを導入した経緯や導入・適用したことによる効果、導入・適用する上での経営面での課題など。
 
・ 回答数
有効回答数は955件。
 
・ 回答者のプロフィール
建築士事務所の形態は、「総合設計事務所」が38.7%、「専門設計事務所」が32.9%、「施工会社設計部(工務店含む)」が28.4%で、専門設計事務所の業務範囲は「意匠」が76.4%で最も高くなっています(図-1、図-2)。また、事務所に常駐する総職員数は「5~9人」が23.8%で最も高くなっており、「1~4人」までを合計すると49.5%でほぼ半数となっています(図-3)。
 

図-1~3 回答者のプロフィール




 

アンケート調査の結果

「建築士事務所のBIMとIT活用実態にかかわる調査」の内容は多岐にわたるため、ここではアンケート調査結果の内、特徴的な項目の内容についてデータとともに紹介します。
 
(1)BIMの導入状況
BIMの導入状況を全体で見ると、「導入済で活用中」は17.1%で、「導入済みだが未活用(検討中・研修中含む)」と合わせると導入率は30%となっていますが、職員数が100 人を超える事務所では導入率が57.7%と高くなっています。しかし、導入済みの事務所の方が積極的に回答している可能性があり、実態としてはもう少しが低くなっているのではないかと考えられます。ただし、2017年9月に日事連が実施した同様のアンケート調査では、「BIMの利用あり」と回答した会員事務所は11.9%だったので、アンケートの設問や母数が異なるものの、2年前と比べて少しずつ普及が進んでいる様子が伺えます(図-4、図-5)。
 

図-4・5 事業所規模別のBIM導入状況



(2)導入しているBIMソフトウエア
(導入事務所のみ)
導入しているBI Mソフトウエア(予定を含む)を見ると、「Archi CAD(Solo含む)」が51.7%で最も高く、次いで「Revit(LT含む)」が43. 0%、GLOOBEが17.5%となっており、この3製品の割合が高くなっています。また、図にはありませんが、職員数別や使用者数別の導入しているBIMソフトウエアでは、ほとんどの人数分布において「ArchiCAD(Solo含む)」の割合が最も高くなっていますが、職員数100人以上および使用者数10人以上の比較的規模の大きい事務所の場合のみ、「Revit(LT含む)」の導入率が90%を超えています(図-6)。
 

図-6 導入しているBIMソフトウエア



(3)BIMの活用範囲、BIMでよく利用する機能(導入事務所のみ)
BIMの活用範囲については、「プレゼン用資料」作成が81.8%で最も高く、次いで「基本設計」が65.4%、「企画設計」が62.9%となっており、この上位3項目が60%を超えています。また、BIMでよく利用する機能については、「CG・レンダリング」が72.4%で最も高く、次いで「形態や色などのデザイン検討」が67.1%、「3Dモデルと連動して出力する各種図面」が57.0%となっており、活用範囲、よく利用する機能とも、ビジュアライゼーションや図面化に関する機能が上位を占めています。それら以外の回答としては、干渉チェックや日影などの法規チェックでの利用が挙げられています(図-7、図-8)。
 

図-7 BIMの活用範囲


 

図-8 よく使用するBIMソフトウエアの機能



(4)活用方法の課題(導入事務所のみ)
BIMの活用方法についての課題に対する自由回答では、「導入・運用にかかる高いコスト」「BIMを扱える人員が足りない」「BIMを使用する時間・習得する時間が足りない」などの回答が多く見られました。また、ソフトウエアの活用に関する回答としては、「2次元図面の精度が低く、加筆が多く手間がかかる」「実施設計以降に活用できていない」など入力に時間がかかること、実施設計での使い勝手に関する回答も見られました。さらに、「CADでの作図スピードの方が早くなかなか切り替えに踏み出せない」「習熟のための時間が確保できないことも相まって2次元CADからBIMへの移行できない」などの現状の業務プロセスを変えることに対する課題も挙げられており、コスト・人材・時間の3つを大きな課題と感じていることが分かります。
 
 
(5)BIMの導入・適用に至らない理由・考え、BIMを導入する状況
(導入していない事務所のみ)
BIMを導入していない669 事務所の状況について見てみると、BIMの導入・適用に至らない理由・考えについては、「BIMソフトウエアの購入にコストがかかる」が50. 7%で最も高くなっており、次いで「BI Mの有用性を判断できないが必要性を感じる」「BIMを操作できる人材の不足」「BIMを操作する職員を採用する余裕がない」がそれぞれ30%を超えています。ここでもBIMの課題をコストと人材と感じている事務所が多くなっています。一方、BIMの導入を検討する状況については、「発注者がBI Mを要求してきたとき」が58.8%で最も高く、次いで「BIMでの新市場が開拓されたとき」の40.1%となっており、BIMの導入を時期尚早と考えている事務所も少なくないことが伺えます(図-9、図-10)。
 

図-9 BIMの導入・適用に至らない理由・考え


 

図-10 BIMの導入を検討する状況



(6)BIMを導入・活用する上で希望する国や自治体からの支援
BIMを導入・活用する上で希望する国や自治体からの支援については、「導入や教育に対する補助金の支給」が64.4%で最も高く、次いで「ガイドラインや規準類の整備」が55.3%となっています。また、図にはありませんが、BIMの導入・活用状況別の希望する支援を見てみると、「導入済みだが未活用」「導入予定」「導入していないが興味がある」「導入予定なし・未定」ではいずれも「導入や教育に対する補助金の支給」が最も高く、特に「導入していないが興味がある」では75.6%と高くなっています。一方、「導入済みで活用中」では、「ガイドラインや規準類の整備」「BIMによる発注・納品の推奨」の順で高くなっており、導入後の活用に対して支援を求めていることが分かります(図-11)。
 

図-11 BIMを導入・活用する上で希望する国や自治体からの支援



(7)BIMを導入・適用したことによる効果(導入している事務所のみ)
BIMを導入・適用したことによる効果については、全体では「効果があった」が56.9%で過半数となっており、「効果は実感しているが具体的には分からない」の31.3%と合わせ、90%近くがBIMを導入・適用したことによる効果を感じているようです。また、自由回答の中では、「効果があった」と回答した事務所では「設計段階でのお施主様の完成イメージ度が格段に上がった」「仕事につながりやすくなった」「プレゼン力が上がった」や「一つ修正すれば建物図全てに連動するので修正し忘れのミスが減少する」「作図の大幅な時間短縮が図ることができる」というように、ビジュアライゼーションや設計品質の向上によって発注者から好感が得られたり、業務効率につながったなどの回答が見られました。他にも、「若手はBIMの経験、ベテランは建築の知識があり、若手とベテランのマッチングで効率的な働き方が可能となった。」という回答もありました(図-12)。
 

図-12 BIMを導入・適用したことによる効果



(8)経営面でのBIMの導入・適用する上での課題(導入している事務所のみ)
経営面でのBIMの導入・適用する上での課題としては、「先行投資的なものと考える」が81.4%で最も高く、次いで「補助金があれば導入する」が17.2%でしたが、その差は60ポイント以上と大きくなっています。自由回答の中では、「先行投資的なものと考える」と回答した事務所では「技術の進歩に遅れないように対応していくべき」「他事務所との競争力強化のため」「今後普及することが見込まれる」「小さな個人事務所でも大きな設計業務を狙える」など、今すぐに効果が得られなくても、将来の事務所経営を見据えた投資と捉えていることが伺えます。一方、「補助金があれば導入する」と回答した事務所では、「購入金や更新料が高い」「ソフトが高い」「会社経費の負担が高すぎる」など、ここでもやはり、コストを課題として挙げる回答が見られました(図-13)。
 

図-13 経営面でのBIMの導入・適用する上での課題




導入や運用コスト、人材育成や習熟に要する時間などの課題も多く、まだ十分に普及しているとは言えない状況ですが、BIMを導入している事務所では効果を感じているという回答が90%近くに達しています。これはBIMを使用した実感でもあると考えられ、こうした体験の積み重ねが今度の普及・促進につながると期待しています。
 
 

アンケート調査の反響

この「建築士事務所のBIMとIT活用実態にかかわる調査」結果は、2019年9月、日事連のWEBサイトでその一部が要約版として公開されました(http://www.njr.or.jp/list/01277.html)。そして、その内容は業界新聞やWEBマガジンなどで取り上げられ、建築士事務所のBIM導入率が30%であることに着目した記事が多数を占めました。また、設計実務での運用効果や事務所規模が大きいほど導入率が高いことを指摘した記事やBIM普及の阻害要因として導入や教育にかかるコスト、人材不足や活用にかかる時間と公的支援の必要性を取り上げた記事、BIMソフトウエアベンダーの価格政策に言及している記事なども見られました。
 
 

さいごに

「BIMと情報環境ワーキンググループ」では、今後、事務所経営における効率化や業務改善の効果といった側面についても、さらに突っ込んだ調査と議論を行いたいと考えています。建築生産プロセスがBIMデータによってつながるようになれば、建築士事務所の業務も大きく広がり、設計者はプロジェクト全体をコントロールする役割が期待されるようになるでしょう。日事連では、今回のアンケート調査で得られた会員事務所の率直な声に向き合い、国やさまざまな業界団体などとも連携し、BIMの普及と活用のための活動を進めていきます。そして、BIMによって建築士事務所や建築業界をリードし、さらに建築業界を超えたメリットを社会全体にもたらすために貢献していきたいと考えています。
 
 
 

一般社団法人 日本建築士事務所協会連合会 BIMと情報環境ワーキンググループ 委員 繁戸 和幸

 
 
【出典】


建設ITガイド 2020
特集2「建築BIMの”今”と”将来像”」



 
 
 



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