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書籍版「建設ITガイド」に掲載した特集記事のバックナンバーです。

橋梁建設における VR・MRの活用について

2020年8月26日

 
国土交通省は、2025年までに建設現場の生産性を20%向上させる目標を立てて、建設業界全体でi-Constructionを推進しています。その実現にはICT技術の活用は必須となっています。「CIMモデルをどう作るか?」から「どう使うか?」に課題が進展している昨今、CIMモデルを活用した仮想現実(VR)技術や複合現実(MR)技術の現場導入が進められています。ここでは、オフィスケイワンが取り組んでいる橋梁の設計・施工におけるVR・MR技術事例についてご紹介していきます。
 
 


 

橋梁施工におけるVR技術の活用事例

VRとは Virtual Reality (バーチャルリアリティー)の略で、仮想現実と訳されます。コンピューターや身体に装着する機器を用いて人間の視覚や触覚などの五感を刺激し、あたかも現実かのように体感させる概念や技術を指します。コンシューマー向けに安価なデバイスが発売された2016年はVR元年といわれ、建設業でもVR導入事例が発表されるようになりました。オフィスケイワンは2016年後半にHTC社のVIVEというヘッドマウントディスプレイ(ヘッドセット)を導入し、橋梁向けコンテンツの研究開発に取り組みました。その成果のうち、3つのVR事例をご紹介します。
 
 
(1)安全教育ツールへの適用
ベテラン技術者のノウハウ伝達、技術継承のツールとしてVR技術の利用が効果的といわれています。例えば現実世界では実習が難しい労働災害事例を体験できるのはVR技術ならではです。
 
その労働災害で高い比率を占めるのが、玉掛作業、クレーン、高所作業などによる、挟まれ・巻き込まれ、墜落・転落、転倒です。どのようなシーンに労働災害の芽が潜んでいるかを体験できるのが「橋梁工事VR安全教育システム」です。プレイヤーはヘッドセットを頭部に装着し、バーチャル空間に再現された橋梁工事の現場で、アナウンスに従って作業を進める中でこれらの労働災害を体験することが可能です(図1-1)。このシステムは、高い臨場感と没入感の中で被災体験をすることで、実際の現場での危険予知レベルの向上、安全意識の向上に役立てることを目的としており、実際の工事現場で利用されています(図1-2)。またプレイヤーが被災状況を俯瞰して振り返る機能を持たせることで安全学習の効果を高める工夫もあります。本システムは2017 年より橋梁メーカーとオフィスケイワンが共同開発に着手し、災害事例を10シーン体験できるシステムです。なお、この技術は国土交通省の新技術情報提供システム(NETIS)にも登録(KK-180029-A)が完了しています。
 
 
図1-1 橋梁工事VR安全教育システムのコンテンツイメージ

 
図1-2 現場事務所でのVR安全教育事例 (写真提供:株式会社駒井ハルテック)


(2)溶接施工シミュレーション
鋼橋の工場製作において部材が密集した狭隘部の溶接施工には慎重な事前検討が行われます。従来は発泡スチロールで実寸大のモックアップを作成して、実施工の前に溶接部が目視可能であるかや、溶接姿勢がとれるかなどの施工性を検証していました(図-2)。この検証手法は確実ではありますが、モックアップ制作に時間を要し、保管場所などが課題でした。その代替手法としてVR技術に着目し、狭隘部のCIMモデルをVRデータに変換して、仮想現実空間で溶接施工シミュレーションを行うシステムを開発しました(図-3)。頭部に装着したヘッドセットや身体に装着したトラッカーセンサーと、CIMモデルが干渉した場合は、警告音を出して体験者に知らせる機能があります。トラッカーセンサーの装着に時間を要するためどうやって簡素化できるかが課題ですが、動作解析などに利用されているモーションキャプチャー技術の適用検討など、引き続き研究を進めています。
 

図-2 従来のモックアップによる施工性検証
(写真提供:宮地エンジニアリング株式会社)

 
図-3 VR技術を用いた溶接シミュレーション
(写真提供:株式会社駒井ハルテック、宮地エンジニアリング株式会社


(3)見学会イベントなどでのVR活用
場所を選ばないVR技術は職業体験にも有効です。将来の担い手に向けた建設業の働き方をVR空間で見せることで、仕事のイメージ理解や共感作り、業界のイメージアップにも優れた効果を発揮します。例えば会議室で橋梁の施工シーンをVR体験する「バーチャル現場見学会」の開催が可能となります(図-4)。またVR空間で長大なアーチ橋のタワー最上部に立って現場を見渡したり、高所からのバンジージャンプなどのアトラクションを入れたコンテンツを学生さんに体験してもらうことで、イベントも盛り上がり、建設業の壮大さを体感してもらえます。
 
 
図-4 学生向けイベントでのVR活用事例


これまでVRには高性能なグラフィックボードを搭載したパソコンとヘッドセット、赤外線センサースタンドの機材が必要でした。最近はデバイスの技術革新が進み、頭部に装着するヘッドセットのみでプレイが可能なオールインワン型のヘッドセットが発売されるようになりました(図-5)。これまでのパソコンを利用するVRよりも解像度は落ちますが、大きなパソコンや赤外線センサースタンドが不要という手軽さは、VR運用担当者や操作説明員の労力が減り、VRコンテンツの体験機会創出も容易になりそうです。
 

図-5 スタンドアロン型ヘッドセットによる安全教育システム


 

橋梁施工現場におけるMR技術の活用事例

VR技術は360度が全て仮想空間ですが、一方のMR(Mixed Reality)技術は現実世界に仮想モデルを映し出す技術です。バーチャルな設計図や3Dモデルと現実空間を同一空間上に重ね合わせるものです。MR デバイスはWindows10で動くCPUを搭載しているホログラフィックコンピュータで、場所の位置や視野の向きは、MRデバイスに搭載された「デプスセンサー」という赤外線を利用し、作業場所をリアルタイムに3D スキャナーで割り出す仕組みがあります。産業分野では航空機エンジンのメンテナンス訓練など、自分の手とバーチャルモデルの距離感を測りながら体感できるメリットを生かした使い方が提案されています。
 
オフィスケイワンでは2017年初夏にマイクロソフト社のHoloLensというMRデバイス、インフォマティクス社の「GyroEye Holo」というMRソフトを導入し、橋梁工事での利活用方法の研究を開始しました。ここでは、橋梁の施工現場での活用事例を中心にご紹介いたします。
 
 
(1)鋼橋におけるMR技術の活用事例(品質管理)
鋼橋の施工において、排水装置や検査路、伸縮装置など付属物の部材は製作工場ではなく、現場に直接搬入される場合が多いため、現場で不具合が発見される可能性が潜在的にあります。現場で不具合が発生すると工程遅延、コスト増など大きな影響を与えます。そこで現場での不具合発覚を防ぐために、工場での仮組み立て時に付属物(例えば排水装置)のCIMモデルを鋼桁に投影表示して干渉の有無、本体ピースの取り付け位置確認などを試行しました(図-6)。
 
 
図-6 鋼橋仮組み立てにおける付属物をMR表示した事例

このように完成形の干渉チェックや取付部品のチェック等、日常業務への本格運用が検討されています。現状はMRデバイスを装着した作業者が見回して不具合箇所を発見する仕組みですが、将来は画像処理やAI技術の進化により不具合箇所の自動検出機能が期待されます。
 
 
(2)PCコンポ橋の施工現場におけるMR活用事例(生産性向上)
この現場では桁架設完了後の床版施工時に、MRデバイスに投影された配筋CIMモデルに合わせて鉄筋を配置する作業を試行しました(図-7)。前出の品質チェックではなく施工作業そのものにMRを活用した事例です。従来、配筋図面とメジャーを使って鉄筋の位置を現場型枠上に墨出ししてから、配筋作業を行っていました。これに代わる作業としてMR技術を使うことで、必要本数が配筋されているか一目で把握でき、また生産性の向上が期待できることを確認しました。このように従来作業方法の革新は配筋作業後に行う品質検査の必要性そのものも議論できるかもしれません。一方で、ヘルメット越しにMRデバイスを装着する作業者に聞くと「一日中頭に着けて作業するのは疲れそう」とのことだったので、将来はMRデバイスのさらなる軽量化、スマート化が期待されます。
 
 
図-7 MRデバイスによる配筋作業


【MR配筋作業手順】
①MRデバイス画面に投影される情報を計画
②配筋CIMモデルを作成し、GyroEyeHoloを使ってクラウド経由でHoloLensに取込む
③作業者にHoloLensの装着、操作方法を指導
④現場に原点(ARマーカー)を用いてCIMモデルの位置合わせを行う
⑤HoloLensと工事事務所のパソコンをインターネットで接続し、リアルタイム映像により品質検査
 
 
HoloLensで見ている映像をインターネット経由で遠隔地のパソコン画面に映して品質検査も試行しました(図-8)。現場は山手にあり当時のインターネット環境(4G)では映像が途切れることがありましたが。将来、通信速度が100倍になるといわれる5Gが普及すれば、ストレスなく映像情報を発注者と現場間で行うことが可能になると思われます。
 
 
図-8 MRを活用した遠隔検査の風景

(3)保全工事でのMR技術の適用
今後、社会資本整備において新設工事が漸減する一方で、補修工事は増加傾向にあります。補修工事へのMR技術の取り組みのひとつに、補修履歴のMRスケッチ(手の動きをデバイスセンサーで捉えて図化する方法)があります。従来は、補修箇所・範囲の図面化のために、複数人でメジャーを使って野帳にスケッチを行い、後日事務所でCADに清書していました。MR技術を使えばデバイスを装着した作業者が一人で補修箇所のスケッチができ、その場でスケッチ情報をクラウドにアップできます(図-9)。一連の作業を帳票の自動作成まで行うことで大幅な生産性向上が可能となります。従来のように手書きのスケッチを見ながらCAD図を清書する必要がなくなるため、働き方改革にも貢献できます。
 
 
図-9 保全工事における野帳による従来作業とMRスケッチ作業イメージ


 

今後について

施工現場でMRデバイスを活用する課題として、過酷な環境下での使用性にあります。具体的には精密機器であるMRデバイスは放熱性が悪く炎天下での連続使用に制限があります。気温30度を超えるとデバイス本体に熱がこもって数分でシャットダウンしてしまいます。そこでMRソフトを開発するインフォマティクス社は、水冷式の保冷装置を開発して、炎天下での連続使用を実現しています(図-10)。またコンビニでも入手できる市販の吸熱材(=熱さまシート)をMRデバイスの本体に貼り付けることで本体の温度上昇を抑える方法もあります(図-11)。
 

  • 図-10 水冷式の保冷装置

  • 図-11 熱さまシートによる保冷置


そのほか現場利用の課題に、位置合わせ精度やマーカーからの移動距離に応じて悪くなる重ね合わせ精度の問題があります。MRデバイスを装着して原点から離れるとその距離に比例してズレ量が増える現象です。その解決策のひとつとしてインフォマティクス社はTS測量器とMRデバイスを連携させるオプション機能の提供により、従来の20倍もの重ね合わせ精度の向上が実現しています(図-12)。MR施工の実用化に大きな一歩となりました。
 

図-12 MRデバイスとTS測量器の連携


 
建設現場での利用が増えてくると新たな課題も出てくると思われますが、VR・MR技術は社会的要請である「生産性向上」「働き方改革」を実現する手段としてはとても有益かつ将来性があると言えます。オフィスケイワンも微力ながら貢献していきたいと考えております。最後までお読みいただきありがとうございました。
 
 
 

オフィスケイワン株式会社 代表取締役 保田 敬一

 
 
【出典】


建設ITガイド 2020
特集3「建築ITの最新動向」



 
 
 

最終更新日:2020-08-17



 


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